アンナと兄フランツ(12)

 そこへドアがノックされた。家臣らしき者が入ってきて丁重に言った。
「シュテファン様、女王陛下がウィーンでお待ちです。そろそろ出発しませんと。」
 フランツは言った。
「わかった。お前はさがっていなさい。」
「はい・・・」
「ちょっと待て、馬車をもう一台用意できるか?二頭立ての小さな馬車でいい。」
「はいシュテファン様、すぐに用意させます。」と、家臣はそう言って出ていった。
 フランツは、蒼白な顔で小刻みに震えているアンナを優しく抱きしめた。そして、
「私は、お前から軽蔑されたのだろうね。それでも私はお前を愛している。心から愛しているよ・・・アンヌ!
 お前は信じてくれないだろうが、私は父を愛していた。父は国民をなにより愛していたのだ。私も故郷ロレーヌの国民を愛していた。だからこそ母国語であるフランスのルイ15世にロレーヌを譲渡したのだ。それがロレーヌ国民にとって幸せな選択だったと、私は今でも確信している。
 私は、私を寵愛してくれたおじさん、カール6世に対しても愛していたし、忠誠を尽くしていた。だから私がハプスブルク家に入った事は後悔していない。それどころか、私はオーストリア国民を愛している。だからオーストリア国民が幸せになるように精一杯、尽力を傾けるつもりだ。だってオーストリア国民は、ロートリンゲンハプスブルク家の傘下に入ったのだ。私はそれを使命感として政治にあたっている。そう、もちろん幼馴染だった妻も愛しているよ。彼女がどんなに君臨しようと、私には愛する妻なのだ。」
「お兄さまが幸せなら、私は何も言わないわ。私が軽々しく言ってはいけないのだろうけど、この世で一番愛する兄をよろしくお願いします、って心の中で伝えておきますわ。お兄さまの愛する奥様、マリア・テレジア女王陛下ってね。」