私が崖から落ちた訳(4)

 深夜の真っ暗な公園をリードから解放されたルナとライは散歩を満喫していた。私がスタスタと前に早足で進んでも、連中は後方でチンタラとまさに道草を食っている。ハッと我に帰ったルナとライは遥か先を行く私を追いかけてくる。だいたいいつも先にライが必死に走ってくる。その後しばらくしてのんびりとルナが走ってくる。
 そこで私はかくれんぼをする事にした。ルナとライが道草を食っている最中に私はスタスタと前を歩き、懐中電灯を消してつつじなどの植木の陰に隠れる。そして連中の様子を伺うのだ。
 作戦大成功だった。私が様子を見ているとルナとライが血相を変えて隠れている私の前を走り抜けていった。しばらくしたら走り戻ってきた。キョロキョロクンクンしながら私のいる茂みに近づいてくる。私を先に見つけるのはライだ。
 ライは賢い犬だ。それからは道草食っても私を確認しながら食っていたようだ。なぜなら私がいつものようにスタスタと足早に歩き懐中電灯を消してサッと茂みに隠れると比較的すぐにライが私の所へ迷わずにやってきた。問題はルナだ。私とライが茂みに隠れて待っていてもルナはなかなか来ない。時には一人で帰ったのではないかと心配になってくるぐらい待たされた。ある時は間抜けたような必死の形相で茂みに隠れた私とライの前を走りすぎていった時は最高に可笑しかった。
 これを翌朝家内に話すると『馬鹿な事をするな!」たしなめられた。
 私はそれでも止めなかった。ただ、犬とはいえルナもライも馬鹿ではなかった。特にライは私の一挙手一投足観察しながら道草を食っているので、私が隠れてもすぐに私のもとへ嬉しげに来た。ルナは根がマイペースで少しだけ馬鹿なので、油断して私たちを見失う事はままあった。
 ある日の未明にその事件は起こった。深夜過ぎまで仕事があり家に帰って公園へ散歩に出たのが4時過ぎだった。当然辺りはまだ真っ暗だ。私たちはいつものようにかくれんぼをした。その日は散歩の時間が遅かったせいかルナもライもいつになくテンションが高かった。彼らは道草を食っていた。私は思った。『今ならライもルナもまく事ができる。』と。そして私はスタスタと早歩きから小走りになり植え込みの陰へ走り入った・・・・・そこに地面がなかった。私はそのまままさに奈落の底へ落ちたのだった。
 どのくらい倒れていたのか覚えていなかった。左腕がしびれて痛かった。そうだ、ライとルナは???見上げた切り立った崖の上で奴らはシッポを振りながら私を見下ろしていた。私たちは何とか家に帰りついて私は寝ていたが、腫れがひどかったので病院へ行った。その結果左手首の骨折だった。
 これが私の人生で初めて骨折し初めて入院した顛末だ。私は家内から『あれだけ止めとけって言ったのに馬鹿じゃないの。』と言われ、ルナとライは毎日家内からリードにつなげられ、道草のない舗装された道路をピシッと歩かされているようだ。
 今朝も私も散歩に付き合うと言うと、家内から『あんたが来ると規律が乱れるから来んでいい。』と言われた。今リハビリを兼ねて左手中心で、このブログを打っている。もうすぐライとルナがお利口さんの顔で散歩から帰ってくるだろう。私は間抜けた顔で左手首のリハビリを続けるとするか・・・。(終わり)
(来週から音楽ミステリー小説『調和の霊感』を再開します。)