アンナと兄フランツ(10)


 フランツは大きく溜め息をついてから、思い出すようにゆっくりと話をした。
「彼が死ぬとは思わなかったのだ。彼とは三日間ゆっくりと食事をしながら話をした。
 彼の言動に危機感をもった私は、彼に私のメッセージを暗黙に伝える為に、食事にトファナ水を盛る事にしたのだ。もちろん致死量まで盛るつもりではなかった。彼が体調不良で倒れる程度でよかった。それで彼が私の本意を理解し、おとなしくヴェネチアに帰ってくれたらそれで万事うまくいくはずだったのだ。
 最初の晩の食事では、もっぱらピエタの話をした。二日目はほとんどがアンヌの話だった。三日目は音楽の話に終始した。この三日間は、私にとっては本当に楽しく幸せなひと時だった。彼も楽しかったのだろう。いつも饒舌だった。彼も私もとても上機嫌で過ごしたのだ。
 そして四日目の朝、私は彼が泊っていた宿舎に使いをやった。彼が倒れていたら、早く対処して看病させるつもりだった。だが彼は絶命していた。おそらく長旅の連続からか、彼の身体は予想以上に衰弱していたのだろう。我々は彼の亡骸を立派な教会で丁重に弔って、共同墓地に埋葬したのだ。」
 フランツの話を聞きながら、アンナは涙が止まらなかった。フランツとヴィヴァルディは、彼女がこの世で最も愛した二人であった。その二人がこのような残酷な運命で関わってしまったのだ。そう思うとアンナは胸が息苦しくなるほど切なかった。