アンナと兄フランツ(11)


 それでもアンナは声を絞り出してフランツに訊いた。
「先生がお兄さまに示した二つの容器はどうなったの?」
「あれは二つとも彼の亡骸と共に墓の中に葬られたよ。」
「ではストラディヴァリウス先生のヴァイオリンの設計図はどうなったの?」
「あれも破棄した。つまり破られ灰となった。」
「ではストラディヴァリウス先生のヴァイオリンは一体どうなるの?」
「ストラドだけがヴァイオリンの名器ではない。世界中でいろいろなヴァイオリンが製作されたらいいのだ。ここオーストリア帝国でも、すぐにヴァイオリンの名器が生まれるだろう。ストラドは、彼が亡くなって過去の物になったのだ。同時にクレモナの町がヴァイオリンの聖地だった時代は終わったのだよ。彼の工房を相続した息子が、私が使わした伯爵に、彼の工房にあった道具の全てと、製作の権利から販売の権利までの一切合財を簡単に売ってくれた。これでストラディヴァリウスとクレモナは終焉したのだ。もちろん設計図もこの世から無くなったし、特別なニスもしかりだ。」
 アンナは絶望感と失望で打ちひしがれていた。絶望感は、亡くなったヴィヴァルディと消えてしまったストラドの伝統に対してだ。そして失望は、愛していた兄フランツの信じ難い行為の数々にだった。