アンナと兄フランツ(8)


 フランツはヴィヴァルディとのやりとりを思い出しながら苦悩の表情を浮かべていた。その記憶を消してしまいたかった。そんなフランツの耳に、アンナのはっきりした声が響いた。
「それでお兄さまは、ヴィヴァルディ先生に何をなさったのですか?」
「私の立場は、とても小さな存在でしかないのだ。彼の大きな誤算は、私が婚約する前よりも結婚後の今こそ大きな裁量権を持っている、と勘違いした事にあるのだ。私自身も、ここまで権威のない立場だとは思ってもみなかった。妻マリアがお上の席で君臨している傍らで、夫である私は末席に追いやられる事など日常茶飯事なのだよ。だから私ができる事は、国の為にそしてハプスブルク家の為に財産を蓄えるしかないと悟ったのだ。
 私は壮大なる計画をもっている。それは妻や国民が困らない程の蓄財を成し遂げる事だ。農地改革などで利益をあげるのも一つの方法だ。だがこれは表の顔だ。裏で私はトファナ水の生産と譲渡を謀っている。これで多くの貴婦人たちが救われるのだ。やがてウィーンに多くの貴族たちが集まり、毎晩のように舞踏会が開かれるようになるだろう。私はもっと彼らが集まりやすくなる環境を、ウィーンの中につくろうと計画しているのだ。人々はウィーンで珍しい鉱物がみられる博物館を見物し、キリンがいる動物園やバナナがある植物園などへ足を運ぶようになるだろう。アンヌ、素晴らしい事だとは思わないか?」
「お兄さま、私の質問には全くお答えにはなっていないわ。」