アンナと老マエストロ(7)


「あなたは親方に、アントニオさんがトファナ水に関わっている事が知られているから危険だと忠告したんだ。そうすればあなたは親切な忠告者になります。そしてその忠告のお礼としてウルシオールを転売してもらった事にしておけば、国営造船所の親方の行為も正当化できます。そしてアントニオさんのみが造船所を追放されたという結果にして、表向きをまるく納めたのだわ。」
「表向きとはどういう事かな?まだなにか裏があるとでも言うのかな?」
「そうです。さっきキャラたちと一緒に話した時に皆で彼のゴンドラに乗った事を言いましたよね。仮面の女性がキャラだったので、彼がひどく狼狽したと皆は思っているけど、彼が狼狽したのはそのせいだけではないと、私は確信しています。彼が狼狽したのは、特別な商品を、彼がゴンドラに乗せていたからです。」
「特別な商品だとな?」
「トファナ水ですよ。それは商品のトファナ水をゴンドラに積んでいて、しかも対面するとは思ってもみなかったキャラやパオラに見られそうになったからです。素性を明かしたキャラとパオが、狼狽している彼と話をしている様子を、私は仮面越しにずっと見ていたのです。彼は狼狽しながらケースを足で目につかない所へ隠していました。その時は彼の不自然な行動は狼狽のせいだと思っていましたが、今回いろいろと思考を重ねていく過程で、彼のあの不自然な動きを思い出したのです。
 兄が言っていました。かの国では教会の懺悔室でトファナ水を売買していると。ではそれ以外でトファナ水を売買してもわからない所はどこだろう、と考えました。それがゴンドラだと気づいたのです。ゴンドラは海の上を自由に動けます。人に見られない場所もあるはずです。しかも買いたい人が見られたくない顔を仮面で隠していても不自然ではない、それどころかその方が街に溶け込んだ雰囲気になる謝肉祭の中です。
そこでトファナ水のような危うい商品が売買されていても不思議はないはずです。」
「ほう、だとしたらアンは、ゴンドラがトファナ水の売買に使われており、ゴンドラの船頭が売人だとだというのじゃな?」
「あくまでの私の推理ですわ、ストラド。
 あの日、彼はある一人の女性からゴンドラの予約を受けて有頂天になっていました。それは、半日も海の上にいる目的が、ゴンドラからの景色を楽しむ観光客だけではなく、別の目的を持った客が多かったからでしょう。彼はしっかりとその目的の物を準備したはずです。そして実際にやって来たのは、謝肉祭の仮装をした女性三人組だったのです。彼はますます有頂天になったはずです。女性ばかりで、しかも顔がバレないように仮装をしていたのですから。目的はそれしかないと彼は確信したはずです。もしかしたら彼は、準備した商品の入ったケースを既に目につく所へ置いていたのでしょう。お世辞の一つ二つどころか、美辞麗句を述べまくりです。ところが彼に悪夢がやってきます。仮面の声がキャラだったからです。実際仮面を取ったキャラが、そしてパオラまでいたのですから。彼が狼狽しない訳がないのです。だって10年ぶりに再会した元恋人の足元に、トファナ水の入ったケースが堂々と置かれていたのですから・・・」
 その時だった。ドアの外でガシャンと大きな音がした。