アンナと老マエストロ(6)


「彼の第二の嘘はゴンドラの船頭に転身した理由です。当時彼はキャラに、歌手の道が断たれたと言っていた。そして今度は自分がストラドにウルシオールの秘密をばらしたからだと私たちに言った。これらも嘘です。ただ、この嘘はストラドあなたが関わっている。そう、あなたもまた真実を隠しているのです。」
 アンナは老マエストロの顔を伺ったが、彼は楽しそうに笑っていた。クシャクシャの顔が顔がさらにクシャクシャになっていた。自分はストラドに嘘つきだと言ったようなものなのに、彼は怒っていない。ストラドは本当に私を守ってくれるつもりなのだ、とアンナは信用した。
「私はあなたに言いました。あなたは国営造船所の親方にウルシオールの売買を直談判したと。私は、国営造船所の親方も秘密結社の一員だったから、あなたはウルシオールを手に入れる事ができたとも言いました。おそらく私の推理に間違いはないと思っています。でも、どうしてもわからない事があります。」
「んん、なんだね?」
「国営造船所の親方があなたの仲間であるなら、国家反逆罪ではないですか?いくらあなたが仲間だったとはいえ、ヴェネチア国家に背くような大それた事を、たかが一介のヴァイオリン製作者の為にするのでしょうか?」
「ヒャヒャヒャ、わしを一介のヴァイオリン製作者とは随分な言われ方じゃなあ。
 答えは簡単だ。親方がわしに協力したのではなく、わしが親方を脅したからじゃ。言っただろう。秘密結社はあくまでも秘密なのだ。という事は、一人一人皆が表の顔を持っておる。その結社におる者は物作りの親方ばかりではない。貴族もおろうし僧侶もおろう。お互いに対立している関係かもしれないのじゃ。それが世の中というものじゃよ。」
「それでわかりました。あなたは国営造船所でトファナ水が作られている事を公表すると脅したのですね?」
「いや違う、そうじゃない。小さな国の一介の庶民であるわしが、ヴェネチア国家を敵にまわすような、そんなバカな事をする勇気はないぞ。」
「ああ、そうかあ、そうだったんだ。今わかりました。」アンナはおもわず声を高めた。