アンナと老マエストロ(3)


 アンナはふっと一息吐くと話を続けた。
「今回私は、ストラドのニスの秘密を考えていくうちにウルシオールの存在を知り、親方とあなたの関係に疑念を抱いてから、私は書物をいろいろと調べた結果、秘密結社の存在を知りました。あなたが秘密結社の一員だと考え始めたら、すぐに閃いたのです。ストラドの大きな特徴である二枚の裏板は、その秘密結社を表す『印』を残す為の工作だったと。」
「ほう、印とはどういう意味かな?」
「ある秘密結社は石工の職人から始まったと文献にありました。だから石を測るコンパスと定規が秘密結社の『印』になっていると。それを読んだ時、ストラドの裏板の真ん中にまっすぐ伸びた線が、石にひかれたまっすぐな線のように思えてきたのです。だから他のヴァイオリンとは明らかに違うストラドの特徴である二枚の裏板こそ、秘密結社の一員であるあなたの『印』なのだと。そう思うと、今度はヴァイオリンの表板にある左右の孔が、なぜfという字の孔になったのかも興味深くなってきます。これは私の早合点なのでしょうけど。」
 アンナは正直老マエストロの顔を見るのが怖かった。自分が彼に向ってとんでもない事を話している事はわかっていた。しかし真実を追求するには、老マエストロの協力が不可欠だと直感していた。そしてその機会は今しかない事も。
 アンナは、このまま一気に話するべきか迷っていた。その時の老マエストロの声は、アンナの緊張した心の壁を解してくれた。
「ヒャヒャヒャ・・・アン、お前は本当に一途で聡明な娘じゃなあ。だがわしは心配じゃ。自分の身の危険を顧みないその一途さが、お前に災いをもたらさなければよいが。キャラもパオもそんな力はないぞ。わしには残された時間がない。それでも、わしはお前にできるだけの事をしてやりたいと思っている。お前にはわしらの好奇心を引きつける天分がある。それがお前の運命だとしたら、こうしてお前と話している事は、わしの天命でもあるのじゃ。」
 老マエストロの低く落ち着いた声は、洗礼者ヨハネのように、アンナには感じられた。
「アンよ、秘密結社は秘密だからこそ秘密結社なのじゃ。わかるかな?ヒャヒャヒャ・・・今度はわしがいろいろと訊くから、アンが答えなさい。
 今のアンは、アントニオがどのような人物だと思っているのじゃ?」