アンナと老マエストロ(2)

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「わしが造船所の親方と知り合いではないのに、そんな事が可能なのかな?」
「ヒントはまさにあなたが今言ったその言葉『親方』でした。あなたはその昔、木彫り職人だったと言われていましたね。船大工も大きな意味で木彫り職人です。世の中に、職人から始まった秘密結社があると聞いています。もともとは石工の職人から始まったという秘密結社です。今現在はいろいろな人が関わっている秘密結社であれば、志高き職人が入っていてもおかしくないはずです。もちろんそこに国営造船所の親方である所長が入っていても・・・」
「それがわしと、どう関係があるのかな?」
「単純に考えました。ストラドもヴァイオリン製作者という木彫りの親方です。つまりあなたも秘密結社に入っているのではありませんか?だからこそ親方同士の談合で簡単にウルシオールを売買できたのです。」
 老マエストロの柔和な表情は、いつの間にか懐疑心に満ちた表情に変わっていた。
「わしがその秘密結社に入っている、という根拠はそれだけかな?」
「いいえ、根拠はストラドの製作したヴァイオリンそのものにあると気がついたのです。5年前、私があなたと初めて会った時に、あなたはヴァイオリンの特徴を私に訊きましたよね。その時に私は答えました。ニスに辰砂の赤を使っている事と、裏板にストラド独特の大きな特徴がある事を。
 一般的なヴァイオリンの裏板は一枚の板で仕上げられているに対して、ストラドの裏板は二枚板です。二枚の板が楽器の中心を貫くまっすぐな線から左右対称に分かれていて、完璧な程同じ木目に仕上げられていました。それは木目の左右対称を良しとするヴァイオリン作りの伝統を踏襲したのかもしれません。しかしその方法が斬新でした。一枚の板をさらに薄く二枚にして、その板を左右に広げます。すると完璧な左右対称の木目模様の裏板に仕上がります。しかしその欠点は、裏板を二枚にするので、裏板の中心に縦のまっすぐな線が入ってしまいます。私はそれこそストラドの大きな特徴だと思っています。」