アンナと老マエストロ(1)


(かわいいモナカです。)
 アンナは部屋に残ると、さっそく老マエストロと対面して話を始めた。
「ねえストラド、昔あなたに出会ったアントニオさんが、ウルシオールの存在をあなたに伝えて少量をあなたに譲りましたよね。その後アントニオさんは、多量のウルシオールを求めたあなたに、所長を介して売った。そのせいで自分は造船所をクビになった、とアントニオさんは言っていたのだけど、私は彼の言葉を信じていないわ。」
「ほおぅ、それはどうしてかな?」
 老マエストロは柔和な表情で、しかし目の奥は決して笑う事なく、じっとアンナを見つめていた。アンナはそんな老マエストロの眼光に気がつく事もなく話を続けた。
「いくらアントニオさんが信頼されている職人でも、大きな国営造船所の中では一介の職人ですよね。ストラドがいくら凄い人でも、そんな人が親方との交渉で貴重なウルシオールを、しかも多量に分けてあげられるものなのでしょうか?そこが理解できなかったのです。ストラドは有名な楽器製作者なのですから、自分で直接頼んだ方がいいはずだと思いました。その時にピンときたのです。あなたは既に、ウルシオールを購入できるように、直接所長と交渉していたのではないかって。」
「ヒャヒャヒャ、ではアン、私が造船所の親方と知り合いだったとして、どうして初めて会ったアントニオから、ウルシオールの存在を聞いて少し分けてもらい、後日に改めて多量に欲しいいとお願いするような、そんな回りくどいやり方をしなければならなかったのかな?」
「その時のストラドは、本当にウルシオールの存在も知らなかっただろうし、アントニオさんとも初対面だった事は間違いないと思います。
 アントニオさんからウルシオールの話を聞き、実物を分けてもらったあなたは、クレモナに帰って試作のヴァイオリンを作ってみた。予想通りの好結果にあなたは多量のウルシオールが欲しくなった。だけどその交渉をするには、アントニオさんでは難しいだろうと、あなたは考えたはずです。そこであなたは国営造船所の所長と直接交渉ができるように術策したのです。」