第4章 ヴィヴァルディ


(こちらはバッハと息子たち)
 アンナがピエタに来て5年の歳月が過ぎていた。ピエタの中も、『合奏の娘たち』も劇的に変貌するような出来事もなく、皆が一律に5年歳をとっただけだった。ピエタの演奏会では相変わらずキアーラとアンナが二枚看板として活躍していたし、パオラのバッソンもアントネッラのフルートも円熟の巧さで観客を喜ばせた。中でもオーボエを演奏するクララの人気は抜群だった。もちろんその哀愁のある美しい音色や卓越した技巧も評判だったが、なによりも彼女は21歳になっていた。その若さと美貌は彼女の大きな武器であった。彼女と同じ歳のアンナも、同様で同質の武器を持っていたがクララには及ばなかった。容姿こそ好みの違いがあれど、どちらも遜色はなかった。だが、露出度が決定的に違った。アンナは演奏会の中で、協奏曲の独奏でも合奏でもほとんど全ての曲で演奏した。一方、弦楽合奏が主流のピエタ合奏団において、管楽器であるクララの出番は、オーボエバッソンが入った協奏曲か、それにホルンが入った合奏曲や合唱の入った宗教曲ぐらいだった。だからこそクララがオーボエ協奏曲を演奏する時の彼女の人気は絶大だった。
 アンナはそんな観客の熱狂を見聞きしながら、パオラやキアーラのぼやきが想像できて可笑しかった。
『私たちだって、若い頃はこんなものよ。』と。
 アンナは笑いながら弾いていた。そしてアンナが隣で弾いているキアーラを見ると、彼女もまた笑っていた。ただ彼女の目線の先はずっと観客席にあった。
 そのうちに次の曲になった。ヴィヴァルディ作曲のヴァイオリン協奏曲【恋人】で、ヴァイオリン独奏はキアーラだった。キアーラは相変わらず、終始目線を観客席にやりながら幸せそうに演奏していた。彼女の名演奏の陰には、客席にアントニオがいるのではないか、とアンナが思ったほどだった。でも客席にはアントニオらしき人物は見当たらなかった。
 大好評だった演奏会が終わりステージから引き上げてくるアンナに、独奏をしたキアーラが近づいてきてアンナの耳元で囁いた。
「アン、恋人が来ているわよ。」
「恋人って?・・・もしかしてデン?」
「んなわけないでしょう・・・あら、本当にわからないの?アンが待ち焦がれていた人よ。誰だか当ててごらんなさい。」
 それに答えたのは、向うから慌てて駆け寄ってきたパオラだった。
「キャラ〜、ア〜ン、大変よ。私見ちゃったのよ〜。プレーテ・ロッソが客席にいたの。」
「えっ、ヴィヴァルディ先生が?」アンナは自分でも驚くほどの大きな声をあげた。