アンナとピーノ(2)


(ライとルナよ❤)
 アンナの頭には、協奏曲【冬】の旋律の南風、北風、東風が渦巻いていた。アンナの思考はひたすら自分の記憶に集中していた。だから今、散歩の主導権はデンが握っていた。アンナは、デンがシッポを振りながら好き勝手に行く方向に任せて一緒に歩いた。
(計算が合わない。アントニオさんが結婚したのはキアーラが23歳の時で、子供ができたからだと聞いた。今キアーラは36歳になる。だから私は、ピーノの歳を12か13歳だと思っていた。今ピーノが15歳だという事は、アントニオさんが結婚した時には彼が生れて数年は経っていた事になる。それでは困るのよ。
 私はアントニオさんの話を聞くまではこう考えていた。
 アントニオさんが国営造船所で砒素の存在を知り、そこから流行りの化粧水がトファナ水だと知った。そして彼からガスパリーニ合唱長とヴィヴァルディ先生の知る事となった。もしそれが教会にとって都合の悪い事だったと考えたら・・・結局アントニオさんはピエタを追い出され、その後国営造船所をもクビになった。つまり国営造船所の砒素が教会関係にまわっていた、と考えられないだろうか?つまり教会がトファナ水に深く関わっているのではないだろうか?
 ところがアントニオさんは、ウルシオールをストラドに転売したからクビになったと言った。本当にそうだろうか?もちろんアントニオさんが嘘を言ったとは思っていない。ウルシオールがそんなに貴重なものだとしたら、はたして個人でそれを簡単に転売できるものだろうか?だって国営の造船所だ。だとしたら、ストラドと国営造船所の間ですでに話ができあがっていたのではないだろうか?砒素の事だって組織が動かないと勝手に大量の砒素を外部に運ぶ事はできないだろう。その砒素の事を知っているアントニオさんを危険な目にあわさない為に、ウルシオール転売の責任を理由にしてクビにしたのではないだろうか。クビになったアントニオさんはゴンドラの船頭に転職して、そこでお世話になった先輩の妹さんと付き合い、その妹さんが妊娠したのでキャラと別れてその人と結婚した。それで生れた子がピーノだった。
 そうなのだ。さっきピーノに会うまではそう考えていた。あとは、なぜストラドが、ウルシオールの事で国営造船所と掛け合うだけの力があったのか?そして本当に教会が砒素と関係しているのか?それらを検証するだけだった。
 ところが、ピーノが15歳だというのなら話が違ってくる。なぜなら、アントニオさんが結婚する2年前にはピーノが生れていた事になる。つまりアントニオさんは嘘をついていたのだ。キャラに対して既に不貞をしていた事になる。そんなアントニオさんの言う事をはたして信じていいのだろうか?彼の言葉はもうシンヨウデキナイ・・・)
 アンナの頭は混乱していた。その中からアントネッラの言葉が妙にひかかった。
『トファナ水の事を知っているアントニオこそ一番の商人になりえると思ったの。』
(第3章 娘たちの謝肉祭  終わり)
明日から 第4章ヴィヴァルディ を 連載します