アントネッラの部屋で(3)


「そう、アンはアントニオとそんな話までしたのね。だったら私がアントニオと寝たのが原因で、キャラが彼と別れた事は知っているようね。キャラには悪い事をしたと思っているわ。でも仕方がなかったの。どうしてもアントニオからトファナ水を買いたかったのよ。」
 アンナは抱いた疑問を、アントネッラに遠慮なくぶつけてみる事にした。
「でもアントニオさんは、キャラたち皆がトファナ水を使わないように、ピエタの先生たちにも注意したそうよ。そのアントニオさんがトファナ水を持っていたり、それを売ったりする訳がないじゃない。」
「トファナ水の事を知っているアントニオこそ、一番の商人になりえると思ったの。でも彼は二度と私とは会ってくれなかったわ。仕方がない、自業自得よ。」
アントネッラの笑顔は引き攣っていた。その表情を見ながらアンナは質問を続けた。
「アントニオさんからトファナ水を買えなくても、アントネッラはトファナ水を持っていたのでしょう?誰から買っているの?」
「持っていた?それとも持っている?どちらにしても返事は、ええそうよ。アントニオから買えなくても、トファナ水は誰でも簡単に買う事ができるわよ。アンナも欲しいのなら私が譲ってあげるわよ。」
開き直ったようなアントネッラの返事にも平然と、アンナはもっと核心の話に踏み込んだ。
「クララにはトファナ水を売ったの?」
「いいえ、彼女とはそんな仲ではないわ。」アントネッラは即答だった。
 アンナはさらにたたみかけて訊ねた。
「あの晩、どうしてクララが倒れたの?」
 アントネッラはあきらかに不機嫌だった。
「知らないわよ。突然彼女が倒れたのよ。アンナは私を疑っているようね。しかもトファナ水を使ったのではないかって。申し訳ないけど私にはクララを陥れる動機がないわ。クララは、私が嫌いなオーボエを担当してくれるし、そのお陰で私はフルートに専念できるの。クララに感謝しているくらいよ。」
 アントネッラの言った事は確かに正論だった。今回はアンナの完敗だった。
「ごめんなさいアントネッラ。私、あなたを誤解していたわ。あんなに綺麗な音色でフルートを吹くあなたが、仲間に嫌な事をするはずないわよね。でもアントネッラ、お願いだからトファナ水は止めてね。私は本当にあなたの身体を心配しているのよ。」
 アンナの脳裏には、ストラディヴァリウスが言った『砒素嗜食者』という疑念が残っていた。
 アントネッラの不機嫌は治まっていたようだった。アンナは彼女に、今度は別のフルート協奏曲を一緒にしましょう、と言い残してアントネッラの部屋を出た。
 すぐにアントネッラの声がした。「お〜いアンナ、忘れものよ。」
 アンナが振り返ると、アントネッラの隣で間抜けた顔をしてシッポを振っているデンがいた。