聖ジョルジョ・マジョーレで


(私たちはいつでも仲良しなのだ!)
 気分が重くなった三人娘を、満面の笑みと甲高くよく通る声が出迎えてくれた。
「お〜い、ここだ〜。楽しかったか〜。」
 この男、さっきまで三人娘の前で狼狽しきりだったとは思えないくらい明るい。能天気とはまさにこの男の為にある言葉かもしれない。典型的なテノール歌手の性格の持ち主が、ゴンドラの船頭としての職人気質を身につけたら、きっとこうなるのだろう。キアーラはそう思いながら、ゴンドラが出発するとアントニオに注文した。
「おいアントニオ、なにか歌ってよ。」
「冗談じゃない。わしは20年前に歌を止めたんだ。」
 するとパオラがアントニオに、
「あ〜ら、こちらのお嬢様の前で、さんざん歌ってきたのはどちら様でしたかね〜。」
と、アンナを掌で指しながら言った。すぐにアンナもアントニオに向かって言った。
「私、アントニオさんの歌をまた聴きたいです。前は緊張していたので、アントニオさんの美声が耳に入らなくてとても残念でした。今日こそじっくりと聴きたいです。」
 このアンナの言葉で、能天気な男の心は決まった。
 この海のすぐ向こう岸が聖マルコ広場だ。そこが今日のゴンドラ観光の終点でもある。
 キアーラは久しぶりにアントニオの歌声を聴いて幸せそうだった。キアーラの幸せそうな顔を見ていたアンナとパオラもまた幸せだった。だんだんと近づいてくる謝肉祭の喧騒をもかき消してしまう程のアントニオの声量のある歌声は、終点まで続いた。
 いや、終点の桟橋に着いてからも、しばらく続いた。