アントニオのゴンドラで(8)

 アントニオは、ふ〜う、と一息ついて、回想するように宙を見上げてから、話を始めた。
「アンナの言うとおり、わしの一存で少なからずの量のウルシオールを工面できるものではない。わしは所長に直訴したのだ。あの先生がいかに素晴らしいヴァイオリン製作者であるか熱く語ったのだ。所長は、ウルシオールの秘密を第三者に知らせたわしのクビを交換条件にして、あの先生への販売を許可したのだ。」
「なぜアントニオさんは、そうまでしてストラディヴァリウス先生の我がままを、いえ願いを叶えてあげようとしたのですか?」
 アンナの質問に、アントニオはさらに上の宙を見上げながら、はっきりと言った。
「わしの夢だよ。ストラドのヴァイオリンが素晴らしい事は、いつもキャラから聞かされていたので承知していた。その先生がこう言ったんだ。『このウルシオールを使えば、今までと比べものにならない程の素晴らしいヴァイオリンを製作する事ができる。』とな。わしは、なんとしてもキャラにそのヴァイオリンを弾かせてやりかたかったのだ。」
「アントニオ〜・・・」
キアーラがそう呟くと、今度ははっきりとした声でアントニオに言った。
「アントニオ、過去の贖罪は今日できっぱりと許してあげるわ。なんなら今度ゴンドラでデートしてもいいわよ。」
「よせやい、またタダで乗られた日にゃ、飯も食えなくなるぜ。」
アントニオは軽口たたきながら照れた。