アントニオのゴンドラで(2)


(ライヴィッチのベッドはルナのもの!)
「そうだったなあ。この国は元首を中心に10人委員会が中枢となって政治を行っており、その委員会も民主的に選出される。だから、教会や貴族の勢力に対して中立が保たれているのだ。また、教会はローマ教皇から距離をおいているし、貴族もウィーンのハプスブルク家から距離をおいている。つまり、ここヴェネチアは完全独立の国家なんだよ。」
「だとしたら国営造船所がする事は国家ぐるみって事になりますよね。もしその砒素が、国家の承認された所へまわされてトファナ水を製造されていたら・・」
アンナの話にアントニオが割って入った。
「おいおい、これは噂話なのだよ。いいかいアンナ、この話は冗談でも絶対に口外しないように。さもないと君がさっき見た溜め息橋を渡る事になるぞ。」
 アントニオの顔は怖いくらいに真剣だった。それは、二人の話を聞いていたキアーラの緊張した表情からもわかった。
 パオラはその場の雰囲気を和らげるように言った。
「ねえアントニオは砒素の話を誰にも話さなかったの?」
「いや、君やキャラには砒素とは言わずに化粧水を使うなと言ったが、砒素の件は合唱の恩師、ガスパリーニ先生とヴィヴァルディ先生にも話をした。」
アントニオがそう答えるとアンナが訊いた。
「ヴィヴァルディ先生は、何もしてくれなかったのですか?」
「ああ、先生は次の年にピエタを解雇されたのだ。その頃のわしは、それが何を意味するのかがわからなかった。だが先生は国営造船所に来て、わしにこう言ったんだ。
 『私はピエタをクビになった。君も歌劇場の歌手に なる事は難しいだろう。だが、もう少し辛抱して待 っていてくれ。私はきっとオペラ作曲家になる。そ して歌劇場を自由に運営できるようになってみせ  る。その時には君をテノール歌手で使おう。約束は 絶対に果たすからそれまで頑張っていてくれ。』とね。」
「それでヴィヴァルディ先生は、アントニオさんとの約束を守られたのですか?」
「ああ、結果的にだがな。先生が初めてオペラを創ったのがその5年後だった。だがわしは、その2年前に国営造船所をクビになっていたのだ。」