アントニオのゴンドラで(1)


(ライヴィッチのベッドで)
「ねえアントニオさん!」
 バツの悪い顔をしたアントニオがアンナの方を向いた。楽しそうなキアーラとパオラの顔とは対照的だった。アンナは訊いた。
「トファナ水を知っていますか?」
 アントニオより先にパオラが言った。
「でた〜、アンの単刀直入。」
 アントニオは真面目な顔をして答えた。
「ああ、よく知っているよ。昔キャラやパオラにも、その水を使うなと注意した事があったからな。それは化粧水だったがトファナ水と同じものだ。」
「だったらその成分が砒素である事も?」
「ああ。」
「どうしてアントニオさんは、トファナ水だとわかったのですか?」
「わしが働いていた国営造船所では、ネズミの駆除に砒素を団子にして置いておくのだ。だからたくさんの砒素が保管してある。砒素を扱うのは造船関係だけなので、表向きは国営造船所が一括して保存、管理する事になっておる。そこから少量ずつ小さな造舟所へまわすのだ。ところがだ、国営造船所で管理してあるべき砒素の半分が、他の所へまわっているとの噂があったのだ。」
「どこへまわされていたのでしょうか?」
「それはわからないが、そこでトファナ水になり販売されているという話だった。」
「でもそれは噂でしょう?」
「いいかいアンナ、噂というものは二種類ある。一つは根拠のない噂で、もう一つは根拠はあるがはっきり言えないものだ。言えない理由はいろいろだ。それが名前だったり顔だったり、自分に不利益になるが故にだ。また相手が不利益になるが故に言えない事もある。だから根拠のある噂の真実を知りたければ、自己責任で自分自身が真実を追求しなければならないんだぞ。
 アンナ、もう一度言うよ。あくまでもこれは噂だが、管理してあるべき砒素が半分も他の所へまわされて、そこでトファナ水になって販売されているのだ。なあアンナ、砒素をかんりしている所はどこだ?」
「「国営造船所でしょ。・・・あっ、そうかあ、国営だからできる事があるのだわ。ここヴェネチアは、全ての権力がどこか一つに偏ることなく民主的な均衡が保たれている国家だとパオラから聞いたわ。」
「その言葉は、私が昔アントニオから聞いたのよん。」パオラがそう言ってアントニオが続けた。