第3章 娘たちの謝肉祭


(謝肉祭へ出かけるわよ❤)
 ヴェネチアの謝肉祭の仮装は独特だった。
 タブッロという黒い長いマントを被ってから、黒い横長の帽子を被る。若い女性だと黒いマスケラという仮面に白いヴェールをつける。アンナの分はキアーラが用意した。キアーラとパオラは自分用の仮装を持っていた。キアーラはパオラの仮装姿を初めて見たのだった。
 三人娘は仮装をして昼から謝肉祭に出かけた。謝肉祭に行くといっても、街中が祭りであった。そして祭りの中心は当然聖マルコ広場だった。三人娘が広場に着くまでに、多くの男たちが声をかけてきた。それをキアーラは軽くあしらった。パオラも慣れていたしアンナもわかっていた。女性を見たら全力で口説く。それが、この国の男たちの普通の挨拶であり礼儀なのだ、と。
 ところが、広場についても先導しているキアーラの足が止まる気配はなかった。しつこい男たちを避けているのだろうか?だとしたら今日はずっと歩きっぱなしなの?アンナもパオラも不安になってきた時、やっとキアーラが二人に話しかけてきた。
「今日は、日頃お世話になっている二人へ、私からの素敵な謝肉祭の贈り物をするわ。そして私の演出に二人はきっとびっくりするわよ。歌劇場の陳腐な演出よりもずっと面白いから。」
 面白いと聞いてパオラが黙っていない。
「面白いって何なのよ。キャラ、おしえてよ。」
「今日は二人に、水上から謝肉祭を見てもらうわ。しつこい男もいないでしょう。」
キアーラがそう言うと、パオラがゆっくりと確かめるような口調で訊いた。
「それってゴンドラに乗るって事?」
「そうよ。昨日予約しておいたの。」
キアーラの即答にアンナが喜んだ。
「きゃっ、嬉しいわ。ゴンドラに乗ってヴェネチア観光よ。なんて素敵なの。」
 しっかり者のアンナとはいえ、まだ15歳の少女の素直な反応だった。
 パオラは怪訝そうにキアーラに訊いた。
「でもゴンドラって高いんでしょう。キアーラ大丈夫なの?」
「大丈夫よ。さあ着いたわ、ここよ。」
キアーラがそう平然と言うと、背中を向けて仲間と大声で談笑している船頭に言った。
「こんにちは。昨日予約した者ですがよろしくお願いしますわね。」
 船頭がこちらを向いた。