謝肉祭の広場で(3)


(旅先の広場で)
「アントネッラという娘か?今後その娘をクララに近づけない方がいいだろうな。」
 その老マエストロの言葉にアンナが訊いた。
「なぜアントネッラが怪しいのですか?」
「一番近い存在だからじゃ。もしトファナ水の中毒だと仮定して、誰が一番簡単にクララという娘に近づけたのかじゃ。」
 老マエストロにキアーラが答えた。
「それは同じ高音部木管楽器のアントネッラだけど、食事は全員同じ所で同じものを食べるし、あの二人が特別に仲良しだったとは思えないわ。」
「だったら二人に別の接点があるはずじゃ。」
 老マエストロの言葉に、パオラが言った。
「そうだわ、リードよ。」
 少し間をおいてから、パオラは続けた。
「私たちは、葦片を二枚重ねたリードというマウスピースで吹く楽器でしょう。音色を決めるのは楽器よりもむしろリードの方なのよ。リードだけは自分で葦片を薄く削って作らなければいけないので、曲の練習以上に時間がかかって大変なの。それで今のは前置きで、大事な話はこれからよん。
 リード楽器、すなわちオーボエバッソンはリードをいつも湿らせておかなければならないの。リードが乾いている状態だと音が出ないのよ。だからいつもリードを舐めているか、リードを水の入った小さな容器に浸けておくのよ。もしその水がトファナ水だとしたら、クララはその水をいつも口に含んでいた事にならない?」
 アンナがパオラのその言葉に反論した。
「それは考えられないわ。だってリードを浸ける必要があるのなら、クララ本人が水の入った自分用の容器を使えばいい事でしょう。アントネッラのものを使っていたとは考えにくいわ。」
 それに対してパオラは言った。
「そうでもないわよ。私はいつもリードを舐めているから水を使っていないわ。こう考えられない?クララも基本的には水の入った容器は使っていなかったけど、ある時の合奏でクララのリードの調子が悪くなった。そこへアントネッラが『よかったら使って』と、トファナ水の入った容器を差し出した。その日からクララは、アントネッラのその容器にリードを浸すようになった。その可能性は考えられないかしら?」
 キアーラが言った。
「だとしたら、クララに訊けばすぐにわかる事ね。」
 アンナはまだ腑に落ちなかった。