謝肉祭の広場で(2)


(私たちも広場へおでかけよ)
 ピエタで起こった昨夜の出来事は、全てパオラが話した。クララの様態が悪く中毒の疑いがあると話はしたが、その毒が砒素だとはっきり言わなかった事に、アンナはキアーラに対するパオラの配慮を感じたのだった。
「それは砒素じゃ。」
 はっきり言ったのは老マエストロだった。
「砒素で作られた化粧水だ。で、その名は『トファナ水』として広く知られている。」
「トファナ水?」
 三人娘による見事なハーモニーだった。
 そこへ老マエストロの、渋いしわがれた声が周りの喧騒の中から響いた。
「そうじゃ、しかもトファナ水は化粧水なんかではないぞ。立派な毒水じゃ。表向きは顔が色白くなるとか言っておるが、服用を続けると死に至るのじゃ。もちろん多量に飲むとすぐに人命に係わる事態になるが、少量でもその毒は蓄積していく。実はその方が怖いのじゃ。毒は少しずつ人の体内に蓄積していき、最後は内臓疾患から、直接の原因がわからぬまま死ぬ。そのような怖い毒が、世の中に出まわっておるのじゃ。」
「人間って、いや女性って、そうまでして美しくなりたいものなの?」
キアーラに老マエストロは答えた。
「それはそうじゃ。だから東のお国の人たちは、お土産としてその水を大量に買っていくのだろう。東のお国の人たちだけではないぞ。イタリア国中の女たちや男たち、そして今ではヨーロッパ中でトファナ水は買い求められておるのじゃ。 確かに色白の美人は男の幻想だ。女はその幻想を手に入れようとしてトファナ水を手に入れる。だが幻想はあくまでも幻なのじゃ。女がその幻から目を覚ました時、化粧水であったトファナ水は毒に変わるのじゃ。今まで化粧に使っていた水が調味料に変わる瞬間じゃ。料理の仕上げにその調味料を数滴落とす。それがトファナ水の真の目的なのじゃ。」
 老マエストロが語ったあまりにも恐ろしい話に、皆が重い空気の中で沈黙していた。しかも皆が一番口にしたくなかった事を、老マエストロはあっさりと言ってのけた。