謝肉祭の広場で(1)


(ここは私が遊ぶ広場だよん)
 いつものお昼休みのお茶の時間だったが、今日は場所が違った。老マエストロが、せっかくの機会だからと、聖マルコ広場に面したレストランの席を予約してくれていたのだった。老マエストロの言う『せっかくの機会』とは何だろう?もしかして昨夜のピエタでの出来事をもう知っているのだろうか?と三人娘は訝った。そんな娘たちに老マエストロは、クレモナへ帰るので今日が最後の昼食になる、と説明した。
 聖マルコ広場には多くの人々がいた。歌う者もいるし、踊っている者もいる。手品を繰り広げている芸人もいるしパントマイムをしている芸人もいる。とにかく多くの人ひと人だった。これがヴェネチアの謝肉祭だ。
 喧騒の中、老マエストロがこの場所を選んだのは単なる偶然だとしても、三人娘たちが昨日の出来事を語るには絶好の場所だった。ちなみにそこにデンはいなかった。なぜなら、昨夜アンナを待てなかったデンがキアーラに迷惑をかけたので、アンナが躾というお仕置きで、三日間のお散歩禁止令デンに出してきたのだった。
 高級そうなレストランで出てきた料理は、手長エビやムール貝など魚介類中心の食べ応えある昼食だった。内陸の小さな町に住んでいる老マエストロが、ここだけの魚介類を心おきなく食べておきたかったのだろう。だとすれば、今日か明朝には帰郷するのだろう、と三人娘たちはそれぞれに察していた。彼女たちは老マエストロに心の中で感謝した。別離の餞は姦しい茶飲み話だった。しかもその日に限って、話が尽きる事がなかった。