アンナの部屋で(5)


(なんですか〜?)
 キアーラは弓の毛を弛めながら言った。
「アン、これは今まであなたが使っていたヴァイオリンだよね?」
「ええ、キャラから頂いた楽器よ。」
アンナがそう答えると、キアーラは、今度はヴァイオリンの弦を弛めながら言った。
「私が以前このヴァイオリンを弾いた時と音がぜんぜん違ったわ。」
「やはりそうだった・・・」
 キアーラの言葉にアンナが嬉しそうに呟いた。今度はパオラがアンナに訊いた。
「そうだったって、どういう事なの?」
 それをキアーラが答えた。
「アンは、このヴァイオリンが昔より良くなっていると確信していたのよ。でもアンはこの楽器の昔の響きを知らない。だから昔の響きを知っている私に弾かせたのよ。そうでしょう?」
 キアーラは丁寧にそのヴァイオリンをケースに収めると話を続けた。
「ストラドがボロ楽器と言ったこのヴァイオリンを私が弾いたのは5年前よ。確かにその時の響きと今の響きは違ったわ。5年前よりずっと良くなっている。」
「それは、眠っていたこのヴァイオリンをアンが弾き始めたからではないの?」
パオラが訊いた。
「その可能性はあるけど少しだけよ。」
キアーラはそう答えたが、パオラはさらに訊いた。
「「だけどアンが弾くこのヴァイオリンの響きを、キャラは今日までたくさん聴いていたのでしょう。だったらその時にわからなかったの?」
「ええ、同じヴァイオリンでも、自分が弾くのとアンが弾くのでは音が全然違うから。それに弓が違っても音は変わるのよ。実際に私のストラドはこれよりずっと楽器の状態がいいわ。それにアマティも素敵な音だった、と言ったのは本当よ。」
キアーラがそう答えると、アンナが言った。
「だからアマティを弾きたくなったの。アマティの素敵な響きがどのように変わってしまうのかすごく興味があるの。」
 パオラが、
「変わってしまうのかって、ちょっと否定的じゃない?」
すぐにキアーラが、
「アン、あまりいい趣味ではないわね。」
と言った。するとパオラが訊いた。
「いい趣味じゃないってどういう事よ?」
「アンは、ストラドの楽器はヴェネチアの空気に合うけれど、アマティはヴェネチアの空気に合わないかもしれない、と思っているのよ。どう、図星?」
キアーラがパオラに答えながら、アンナの方を見た。