デンとアンナとピーノ(2)


(上から舐めてやろうか〜?)
 アンナが到着すると、デンはピーノの両肩に前足をのせて、上からピーノの顔をベロベロと舐めていた。デンはアンナにはそんな事をしなかった。アンナがデンの躾としてさせなかったのだ。だから尚更デンはピーノとの対面を喜んだ。
 その様子を見ながらアンナは、
「本当に大きくなったわ。最初の頃はピーノの方が頭が上にあったのに、たった5ケ月でデンの方がはるかに大きくなったわ。」
と、感心しながらデンを制止した。
「今日は謝肉祭でここの職人が少ないんだ。ちょっとは話の相手をしてやれるぜ。」
ピーノがそう言うとアンナが応じた。
「あら、デンの相手を?ありがとう。」
「誰が犬の相手をしなきゃならないんだ。こいつが話なんてできるかよ。」
ピーノが言うとこいつが反応した。
「ウォ〜ウ、ウォッ、ウォッ、ウォ〜ウ。」
「ね、上手に話すでしょう。こいつ、という名前ではないぞ〜、デンだぞって、言ったのよ。」
「ちぇっ、笑えないよ。」
「ねえ、人が少ないのならデンを放してやってもいい?そんなに遠くには行かないわ。」
「いいけど、鼠捕りの毒団子を喰ったりしないか?」
「大丈夫よ、もう何度もここへ来ているから。もともと好きな匂いではないみたい。」
「あたり前だ。あんな物が好きなのは鼠か人間ぐらいだ。」
「人間・・・?」
 嬉しそうにシッポを振りながらウロウロしているデンを見ながら、アンナはピーノとの会話を楽しんでいた。
 アンナは初めてピーノに会った時から彼を意識するようになっていた。それは恋愛感情の類ではない。そんな麻疹のような感情にアンナは決して流されない。流されるとしたらもっと深い運命の淀みだろうか。アンナは好奇心の仮面に冷静な観察眼を付けて、自らすすんでその淀みに流されていくような性格だった。と、アンナ自身が、ヴェネチアに来てから自分の性格をそう分析していた。