ストラドの茶飲み話(2)


(早く水が飲みたいな〜)
「私の兄は、鉱物を収集するのが趣味だったの。昔、真っ赤な石を見て綺麗な色だと言ったら、兄がこれは辰砂だと言って、絵画の赤い顔料にも使われるのだと教えてくれたの。だからストラドの楽器を見た時に、直感ながらに辰砂が使われているのでは、とずっと思っていたのよ。」
「ストラド、それで当たりなの?」
キアーラが老マエストロの方を振り向いて訊いた。
「ああ、大当たりだ。だからわしは、お前たちとこうしてお茶を飲んでおるのじゃ。だが一人は招待した覚えがないな、ヒャヒャ。」
「ひど〜い、私の事ね。こんな可愛い娘たちに囲まれる機会なんて滅多にございませんよ。ストラドったら、この幸せ者。」
パオラが言い返すと、老マエストロは机の下を指さして言った。
「可愛い娘たちだけではなかろう。こいつだけは絶対に招待なんぞしておらんぞ。」
「いいじゃないストラド。彼はアンのかけがえのない恋人なのよん。」
パオラがそう言った足元で、デンが丸くなって寝ていた。アンの恋人は、アンよりもすっかり大きくなっていた。
「それでアン、お前さんがわしの楽器を気に入ってくれたのは嬉しいが、なぜわしが持ってきてやったアマティを選ばなかったのじゃ?しかもあのアマティはワシの師匠であるニコロ・アマティの名器だぞ。」
「も〜う、男ってどうしていつもそうなのよ。
 『俺を選んでくれたのは嬉しいが、どうしてあいつ ではなく俺を選んだのだ?』なんて訊くのだろう?
 俺を選んでくれてありがとう、って素直に喜べないかなあ。」
パオラがそう言うと、キアーラも応じた。
「相手の男がいい男だったから自信が持てないのよ。しかも、
 『あの人は頭がいいし、かっこよくて素敵なんだけ ど貴方を選ぶわ。』なんて言われたら、男性は傷つくでしょう。だから、なぜ俺を選んだのだ?って野暮な事を訊くのよ。」
「そうかあ、じゃあアンはアマティも気に入ってたんだ?」
「それはどうかわからないけど、アンはアマティをすごく褒めていたのよ。膨らみのある毛織物のような音色だってね。」
「じゃあストラドだって気になるわよねえ。そんなにいいと思ったのなら尚更、
 『どうして俺を選んだのだ?俺のどこがよかったの だ?』ってねえ。」
 とうとう老マエストロがキレた。
「お前たちはうるさいぞ!少しは静かにできんのか。アンが話せないではないか。」
「あ〜あ、せっかくアンが話しやすい雰囲気にしてあげてたのに。だって、
 『俺のどこがあいつよりよかったのだ?』と訊かれて女は答えられるはずないじゃない。ストラド、そんなんじゃ女にもてないよ。」
「パオ、そのくらいにしてあげましょう。アン、どうしてストラドの楽器の方がいいと思ったの?実は私は、アマティも素敵だと思ったわ。いやアマティの方が響きが上だと思ったわ。アン、どうしてストラドの響きを気に入ったのか、さあ、キャラ姉さんには話してくれるわよね。」
 アンナは少し吹き出して笑った。キアーラやパオラがいると、いつもその場が和む。アンナはそれを感謝した。しかもそこへデンが加わった。
「ウォウ、ウォウ・ウェ・・・ウォウ・・」デンの暢気な寝言だった。
「フッ、かわいいバカデカ犬だよなあ。」
老マエストロがそう呟くと、机の下へ覗きこみながらデンの顔をさすった。
 アンナは紅茶を一口飲むと語り始めた。