ストラドの茶飲み話(1)


(茶飲み話に出かけるわよ)
「辰砂ですね?」

 老マエストロは、長旅で疲れたからしばらくヴェネチアに滞在する、と言ってピエタ近くのホテルに居座ってしまった。なぜ老マエストロがヴェネチアに居座ってしまったのかを知っているのはキアーラとアンナくらいだろう。
 老マエストロは、お昼休みのお茶の時間に決まって、キアーラとアンナを呼び出しては話し相手をさせた。それに当然のようにパオラがついてきた。
 場所は決まって滞在しているホテルのレストランであった。外にテーブルがいくつか置かれてあり、青い空の下で人々は食事をしながらおしゃべりを楽しんでいた。三人娘たちは妖怪のような老マエストロの話し相手になるという条件と引き換えに、青い空の下のヴェネチアの空気の中でおいしい食事が満喫できたのだった。
 三人娘は老マエストロの事を『ストラド』と呼ぶようになっていた。それは自分の呼び名が皆違うと、自分自身が混乱するからという老マエストロからの申し出であったが、それ以上にキアーラとアンナ、それにパオラが本当の孫のように可愛かったのだろう。ちなみに『ストラド』という呼び名は、彼が作った楽器の愛称だった。

「なぜアンは辰砂を知っていたのかね?」
老マエストロもまた、三人娘の事を愛称で呼ぶようになっていた。