ストラディヴァリウスのヴァイオリン(1)


(モナチンも秘密はありません)
 アンナは腕の力を抜いて、弓の重さを腕全体で吸収しながら弦の振動をコントロールした。そのヴァイオリンの響きを耳から右脳で感じながら左脳で思った。
ストラディヴァリウス先生とキャラは、まるでお爺さまと可愛い孫娘のよう。キャラはいろいろな人たちから愛されているのね。)
 一方キアーラは、アンナの弾くヴァイオリンを聴きながら楽器の品定めをしていた。
(アンは今まで弾いていたヴァイオリンを完全に自分のものにしてしまったようね。だけど今日マエストロが持ってきたヴァイオリンは、さすがマエストロの師、アマティの名器だわ。柔らかで奥深く、そして艶やかな響きが耳に心地いいわ。きっとアンも気に入ったのね。アマティを弾く時間がだんだんと長くなってきている。マエストロはどう思っているのかしら?)
キアーラはそう感じながら、隣の老マエストロを見て、おもわず大きく呟いた。
「寝とるんかい!」
 キアーラが老マエストロの肩を揺らしながら、
「マエストロ、この世に戻ってきてくださいよ・・・マエストロ、あの世行きの馬車はまだ来ていませんよ。」
と小声で、老マエストロの耳元に掌をかざして言った。老マエストロの反応は早かった。
「誰があの世行きの馬車に乗るんじゃ!わしはマリーアのヴァイオリンがあまりにも美しいので聴き入ってしまったのじゃ。」
「あら珍しい。人の名前を全然覚えられないマエストロが、もうアンの名前を覚えたのね。もしかしてアンのヴァイオリンを聴き入ったのではなく、アンに見惚れてしまって妄想まで見ていたのではないの?」
「うるさい、悪口雑言ばかり言っとらんと、真面目に感想を言わんか!キアレッタ。」
「私よりまず本人からでしょう。アン、どうだった?どちらのヴァイオリンがよかったのかしら?」
 アンナは2つのヴァイオリンを並べて置いた。そして老マエストロが寝ていないのを確かめて、言葉を選びながらゆっくりと話した。
ストラディヴァリウス先生が持ってこられた楽器は素晴らしかったわ。こんなにも膨らみがあって毛織物のように柔らかな音色は、今まで弾いた経験も聴いた経験もないわ。そして、この金色のような黄色で美しい楽器の色も上品で本当に綺麗だわ。でも結論を言うと、私は今まで使っていた自分の楽器の方がいいと思う。」
 老マエストロの皺くちゃな顔の目元が動いた。そして眼光が見えるくらいに見開かれ、白い両方の眉が上がった。口元も動いたその時、老マエストロより先に声を発したのはキアーラだった。
「アン、あなたわかっているの?その楽器はマエストロの師だったアマティが作った名器なのよ。なぜアマティではなく、今の楽器が気に入ったの?今のヴァイオリンは、アンが今まで弾いていたので、音や弾き方に馴れていただけではないの?
 でも、アンの感想も理解できないわけではないわ。だって、そのヴァイオリンは・・・」
 キアーラを老マエストロが手が制した。そして、ゆっくりと響く声で言った。
「愛するマリーア、お前さんはどうして我が師の名器ではなく、そのボロ楽器の方を気に入ったのかね?」
 アンナは答えに窮した。老マエストロの目は優しくアンナを見ていた。キアーラは興味津津という好奇心の目をもってアンナを見ていた。
 アンナはゆっくりと確かめるように考え、そして流暢に話をはじめた。