消えた謝肉祭の衣装


(私は何も知りません)
「パオ、私見てしまったの。」
 キアーラがこう言って切り出しても、パオラの表情は全く変わらなかった。それどころか普段の口調がますます冴えわたった。
「どうしたの?キャラ。もしかして私の裸でも見ちゃった?そういえば顔色が少し悪いわね。私の裸が醜かった?」
 キアーラは笑えなかった。それどころかパオラが『裸』と口にする度に、嫌な想像が頭をよぎって、キアーラはますます不愉快になった。パオラのジョークが懐疑の矢となってキアーラの憔悴した心に突き刺さった。
「キャラ、本当に顔色が悪いわ。さあ私のベッドの上で横になって。」
 キアーラはパオラのベッドを見た。そう、確かにこのベッドの上に謝肉祭の衣装を置いて、私は部屋を出たのだった。
「ねえパオ、謝肉祭の衣装を返して。」
キアーラがそう言うとパオラは、
「ああ、あれね・・・キャラ、ごめんね。私、結局謝肉祭に行かなかったの。好奇心も興味もあったけど、あれはキャラの大切な衣装でしょう。私はやっぱりあれは着られないわ。だからそのまま返すわね。」
と言って衣装ダンスを開けた。パオラは、
「あれ〜、おかしいなあ。ここに置いていたのだけど・・・あれ〜?」
と言いながら、衣装ダンスの中を探した。
「本当におかしいなあ〜?衣装だけが勝手に謝肉祭へ行ったのかなあ?」
 キアーラはパオラの後ろ姿からの一挙手一投足を注視した。そしてゆっくりと横顔が見える位置に移動しながら言った。それはパオラの顔色の変化を見逃さない為だった。
「ねえパオ、私さっき見てきたのよ。あなたがアントニオと一緒に部屋に消えていったのを。
 あの衣装は私のだから、それにおそらくヴェネチアで一つしかないものだから、私は絶対に見間違えない。そしてあなたがピエタの方へ帰っていった後、アントニオが出てきたの。そして彼は私に言った。『ごめん』と何度も謝ったわ。
 パオどうして?私がアントニオを愛している事がわかっていながら、どうしてあんな事ができるの?私はあなたをずっと妹のように愛していたわ。それなのにどうして私を裏切ったりしたの?どうして?」
 キアーラは、涙で潤んだ目をパオラの横顔に向けてじっと見た。
 パオラは微動だにしなかった。ただ、顔が少しずつ俯いていった。床に数滴の涙が落ちた。そして静かな口調で言った。
「キアーラ姉さん・・・」
 パオラはキアーラをあえてそう呼んだ。
「キアーラ姉さん。私も姉さんの事をずっと愛していた。そして今も愛しているわ。だからお願い。私の事を妹だと思ってくれているのだったら、私を信じて。
 残念だけど、今はそれを証明する方法がないわ。それになぜか、姉さんの大切な衣装も無くなってしまった。でも私は、その衣装を着てアントニオさんと会ったりしていない。私はいつまでもあなたの妹。だから信じて。今は私を信じて。」
 キアーラは頭の中で、彼女に何かを言おうと思っても、言葉がなにも浮かばなかった。
 キアーラは黙ったままパオラの部屋を出ていった。