パオラの裏切り?(4)


(いざ謝肉祭へ)
 その時だった。彼女の所へ仮面の男が一人近寄った。その男は彼女の耳元で何かを囁いた。彼女はそれに肯いて二人は一緒に歩き出した。キアーラは足がガタガタと震えた。
 二人の向かった方向は自分もよく知っている道だった。そして二人が消えた建物も自分が良く知っている建物だった。中に何があるのかもよく知っていたし、そこで何が行われるのかもわかっていた。違うのはそこにいるのが自分ではないという目の前の現実だった。
 キアーラは祈った。これは何かの間違いであり、二人が少しでも早くその建物から出てくれる事を。キアーラの全身が小刻みに震えていた。そして静かにとめどもなく涙を流していた。身体の震えや涙の量は二人が建物へ入ってからの時間を物語っていた。キアーラのその異様な有様は、華やかな謝肉祭の雰囲気からはあまりにもかけ離れていたのだろう。だから彼女に言い寄ってくる男など誰もいなかった。キアーラは二人が建物に消えてからずっとその場をを動かなかった。いや動けなかった。
 何時間経ったのだろうか。キアーラの仮装をした女が建物を出てピエタの方へ歩いていった。キアーラは彼女を追わなかった。というより追えなかった。しばらくして男が出てきた。キアーラは無意識のうちにその男の前に立っていた。足の震えは止まっていた。キアーラは年増の仮面を取って自分の素顔を男に見せた。仮面の男は明らかに狼狽していた。キアーラは震える声でその男に言った。
「仮面を取って!」
 男は観念していた。さっと仮面を外した。
「アントニオ、なぜなの?なぜ?」
キアーラは涙を流しながら、震える声を発するのが精一杯だった。
アントニオはそれより小さい声で言った。
「すまない。本当にゴメン。」
聞きたくなかった言葉を聞いてしまったキアーラは、その場を駆けだしていた。おそらくアントニオの頬を叩いたのだろう。右掌が疼いていた。それよりもずっとずっと心が痛かった。