当世流行の劇場(2)


(私たちの劇場はもちろんフィールドよ)
 キアーラはアンナに、1720年に出版された音楽批評本『当世流行の劇場』で書かれていたヴィヴァルディへの中傷や批判の内容を話した。
「もともとプレーテ・ロッソの音楽は既存の音楽とは違うでしょう。批判されても仕方がないのよ。例えばヴァイオリン協奏曲では、合奏団がいるのに独奏ヴァイオリンが目立ち過ぎだとか、一人で弾いている箇所が多すぎるとかね。だけど聴いている人はその方が絶対に楽しいじゃない。合奏を聴きたければ協奏曲にしなければいいのよ。アンはそう思わない?」
 アンナは微笑んで黙ってキアーラを見ていた。
「あとは協奏曲といってもオーボエバッソンなど変な楽器の為の協奏曲を創っている、なんて書いてあったわ。でもそんなのまだましよ。プレーテ・ロッソはリコーダーやフルート、トランペットやチェロ、そしてこの前はマンドリンの協奏曲まで創っちゃったんだから。」
「キャラ、それって先生を褒めているの?嫌味に聞こえちゃうんだけど・・・」
「う〜ん、正直言って他の楽器はよくわからないわ。
だって、私にとってはヴァイオリン協奏曲があれば十分だし、宝物のような素晴らしい曲ばかりだから。ただバッソン協奏曲をパオが吹いているのを聴くと、とっても素敵な曲だと思った。バッソンの高音もキラキラと輝いて響いていたのでびっくりしたわ。これってありかもってね。それにオーボエ協奏曲もフルート協奏曲も素晴らしいわ。
 他にはプレーテ・ロッソが作曲したオペラも批判されていた。オペラにおいて神々や高層のエピソードを題材にしないで、将軍や王様と女王や貴族女性などの男女関係を題材にした台本や作曲の手法が低俗だと批判されていたの。しかもオペラが貴族の高貴な舞台環境から、ペテン師すなわちヴィヴァルディの手により世俗の金儲けの舞台になり下がったとまで痛烈に批判されていたのよ。」
「そこまで書く同業者って当然、教会関係者か貴族の作曲家なのね?」
「そうよ、でも名前は言えないわ。私たちもよく演奏する素晴らしい作曲家よ。ただ私はプレーテ・ロッソの作風の方が素晴らしいと信じている。先生の音楽は心を打つ以上に魂を揺さ振られるわ。弾いていて本当に興奮するの。そんな作曲家って他にはいないでしょう。いい曲でも皆どこかお行儀がよすぎるのよ。心の深みまで入ってくる先生の音楽は本当に素敵。だから私はいつでも先生を信じているのよ。今回のような、若い女ヴェネチアを失踪したという変な噂なんか信じていないし、プレーテ・ロッソは必ず帰ってくると信じている。だからアン、私たち二人でしっかり練習して、プレーテ・ロッソがピエタに帰ってきたら、私たちの演奏でビックリさせてやりましょう。」