ピエタの噂(4)


(狼じゃないよ)
「プレーテ・ロッソは写譜を利用して家族を儲けさせようとしているのだ、と。確かに先生は何人もの家族を同居させて養っていた。でも写譜したからって先生やその家族に賃金が払われる訳ではないのよ。あれはプレーテ・ロッソ流の優しさだったの。
 ピエタの皆にはプライドを傷つける事なく写譜の負担を無くしてやり、自分の家族には写譜をお願いする事によって、居候という弱い立場を精神的に軽減させてあげる事ができたのよ。
 この時私はヴィヴァルディ先生を心から敬愛したわ。だから心の中でいつも彼に言っているのよ。『愛するプレーテ・ロッソ』と。だけどアン、今の話の中で何かおかしいと思った事ない?」
 キアーラはアンナを少し試してみたく
なった。アンナはその期待を裏切らなかった。
「ええ、だってピエタの皆さんもキャラが知っていた事、つまりヴィヴァルディ先生の親族に写譜代が支払われていた訳ではない事くらい知っていたのでしょう?それだったら、なぜ先生にとって不愉快な噂がピエタで広まったりしたのでしょうか?」
(ヤッタ〜!)キアーラは内心ワクワクしていた。(本当にアンは頼もしい娘だわ)
「でしょう?なにかピエタの中でプレーテ・ロッソの立場を貶めようとする者がいるに違いないの。もちろんピエタ合奏団の仲間たちを疑ったりはしていないわ。むしろ私たちの仲間を利用している者がいるって事かしら。」
「だったらキャラは、今回のヴィヴァルディ先生がジローさんと一緒に失踪した件で、若い女と駆け落ちしたと吹聴された事も事実ではないと考えている訳ね。」
「だってどう考えてもおかしいでしょう?いくら素敵な作曲家で、真っ赤な髪を振り乱してヴァイオリンを弾く姿がかっこいいからって、先生は50男だよ。ジジイだよ。そのジジイと駆け落ちした女、アンナ・ジローはまだ19歳なんだよ。しかも可愛らしくて魅力的な人気歌手なんだよ。『50男の作曲家が19歳の女性歌手を連れて演奏旅行へ行きました。』って、それだけでいいじゃない。それなのに、なぜその後に変な文句が続くのよ。『司祭職の立場である50男が、19歳の若い女性歌手と旅に出るとは倫理的に許されない行為である。』なんてね。明らかにおかしいでしょう。しかもアンナ・ジローは妹と一緒に住んでいたのよ。プレーテ・ロッソは音楽だけでなく、ジロー姉妹の面倒までみていたの。」