ピエタの噂(1)
(誰が私を馬だと噂した〜?)
アンナは思った。
(ヴィヴァルディ先生の疾走癖は今に始まった事ではなかったのだわ。)
アンナがピエタに来て約1ケ月が経っていた。この頃ピエタでは、ある噂が広まっていた。
その内容を要約するとこうだ。
『4年前、ヴィヴァルディのオペラに出演していた歌手がいた。彼女はまだ16歳で名前はアンナ・ジローという。それ以来彼女はヴィヴァルディのオペラの専属歌手になった。ヴィヴァルディは、彼女の歌声だけでなく彼女の若さと美貌の虜になった。そしてヴィヴァルディは、若い彼女と駆け落ちしてヴェネチアから出ていった。』
この噂は、ピエタではあまりにも衝撃的であった。それは『合奏の娘たち』にではなく教会関係者たちにとってだった。なぜならヴィヴァルディの教会での身分は聖職者だったからだ。司祭職だった彼が若い女と駆け落ちしたという醜聞がヴェネチアで広まったら、それこそ教会の権威に傷がつく。ましてや彼は有名な音楽家だった。その噂が他国まで広まるのはもう時間の問題だったのだ。教会内やピエタがいろいろな憶測でざわめいてしまうのは仕方がなかった。当然アンナの耳にもその噂は入ってきた。ただちょっと気になる事があった。
アンナはキアーラに出会うと、その噂の話をした。