ヴェネチアの謝肉祭


(謝肉祭は被り物がつきもの?)
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 ヴェネチアの謝肉祭は他国でも有名な祭りだった。道化姿の白い顔や黒い顔に変身した人々が街中のいたる所に溢れていた。街中が独特で異様な雰囲気に包まれていた。そして雑然たる活気に満ちていた。別に彼らが踊り狂ったり大声で歌ったりしている訳ではない。街中に溢れんばかりの大勢の人々の存在、それこそがこの街の活気の源だったのだ。そして彼らの奇異とも思える格好にこそ、この謝肉祭の本質を如実に物語っていた。謝肉祭こそがヴェネチア共和国そのものの姿だった。
 道化の標準的な格好は、黒い合羽のような長いマントを被い、異様なくらい高い鼻をした仮面をつけていた。高い鼻は男性の象徴でもあるのだろうか?男性は皆そのような格好をしていた。女性は横に大きく出っ張った黒い帽子を被り、白い仮面に黒いヴェールを身に着けていた。特に若い女性は、逆に黒い仮面に白いヴェールだったので、誰でも一目でわかった。街中の仮装をした人々の誰もがヴェネチアの謝肉祭を演出していたのだった。
 人は自分の姿が変わると人格までもが変わったような気になる。ましてや変身の目的がそこにあるのなら、次の目的はおのずと決まってくる。ヴェネチアの謝肉祭の中では、人々は身分や立場を捨てて祭りを謳歌した。貴族も貴婦人も市民も兵士も、そして外国人たちも皆が仮装という名の変身をした。何に変身したのか?答えは明確だ。そう、皆が変身したのは男と女の本性だった。多くの人間たちが身分を隠して貞操や道徳を捨てて、ただの男と女になって楽しんだのだ。ヴェネチアの謝肉祭はそれを寛大にも祝福した。その祝福された男と女の中にアントニオとキアーラがいたのだった。