再び国営造船所の中で


(私たちはとっても仲良しです)
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 アンナの耳に、パオラのすすり泣きが聞こえた。それに大小多くの材木の転がる音、擦れる音、叩く音、いろいろな音が喧騒な木霊となって響いている。それに職人たちの大きな話声が混ざっていた。時折怒号も聞こえる。それらの音が多くの船を生み出す原動力なのだ。アンナはそう感じながら、パオラが落ち着きを取り戻すのを静かに待っていた。
 遠くから微かに歌声が聞こえてきた・・・カストラート?・・・そんなはずはない・・・アンナは広い造船所から歌声のする方向へ歩いていた。パオラはすすり泣きながらアンナについていった。
 歌声が近づいてきた。
「・・・これは・・・子供?・・・ボーイソプラノだわ。ねえパオ、ここには子供もいるの?」
「子供も大事な職人よ。主に船の塗装を手伝っているそうよ。ほら、あの子よ。」
 底を上にした小さな舟と舟の間で歌声が響いていた。アンナより少し小さな男の子が、刷毛を動かしながら頭の上にある舟底をゆっくりと移動していた。また、怒号が響いた。
「こらピーノ、ちゃんと手を動かしているか〜?歌ってばかりでは駄目だぞ!」
「さあ、アン行きましょう。」
 アンナはパオラに促されて造船所を出た。
「ねえパオ、アントニオさんが結婚してから、キャラは彼とは会っていないの?」
「この先の教会前の広場へ行きましょう。そこで、その話をするわ。」
 アンナはパオラの性格を見抜いていた。自分の質問の答えは既にわかってしまった。つまりアントニオが結婚してからもキアーラは彼に会っていたのだ。それをアンナにいかに説明するべきか、パオラは今、全神経を思考に集中したいのだろう。しかもその話は楽しくはなさそうだ。その根拠は、あのパオラがジョークも言わないで黙ってしまった。アンナは、このままパオラが話を始めるまで自分も黙っておくべきか、少し動揺させてみようか考えていた。
 二人は黙ったまま歩いた。靴の音だけが空虚に響いている。国営造船所の雑多な音や怒号がずいぶん遠くになった。
 教会の鐘の音が近くで鳴り始めた。もうすぐ教会前の広場なのだろう、とアンナが思っているうちに二人はそこへ着いた。
「ここはカンポという広場で、これより小さな広場はカンピエッロというのよ。」
 どうやらパオラは、まだ思考がまとまっていないらしい。今まで黙って待ってあげていたのだ。ここは伝家の宝刀で短刀直入に、
「それでキャラは、どうやって結婚したアントニオさんに会っていたの?」
「ええっ、そんな事私言った?やだ、覚えていない。ボ〜としていたのかなあ?で、で、どこまで話したっけ?」
 どうやらパオラはとぼけたり、つまらないジョークを言う余裕もないらしい。その顔は明らかに動揺を通り越して目が泳いでいた。アンナは『その目だったらその辺の島まで泳いでいけるのではないか〜』と逆につまらないジョークをパオラに言ってやりたかった。本当にパオラは可愛いお姉さまだ。アンナはますますパオラが好きになった。
 そして、ようやくパオラが重たい口を開いた。