アントニオのゴンドラ(5)


(ゴンドラに乗ったつもり)
「パオラさん、あいつから聞いただろうが俺はもうすぐ結婚する。相手は、ゴンドラ漕ぎの先輩の妹だ。23歳で転職してゴンドラの世界へ入っていった俺の面倒を、先輩はよくみてくれた。先輩は20年以上漕いでいるゴンドラのノウハウと、ヴェネチアの運河やラグーナの全てを俺に教えてくれた。そして毎晩のように先輩の家で、俺たちは夜遅くまで飲みながら語り合った。その家にいたのが先輩の妹ジョランダだった。はじめの頃は、ジョランダは食事に同席しても、一緒に飲む事はなかった。だが2年目になって時々夜の飲みにも同席するようになり、次第に時々からしばしばになっていったんだ。キャラは20歳前後と若く、俺にとっては太陽のような存在だった。俺には眩しすぎる事もあった。ジョランダは俺と同じ歳で、俺にとってのジョランダは、月のように優しい光で包んでくれる存在だった。そしてその光は俺の中でどんどん大きく広がっていったのだ。俺がゴンドラの船頭として独り立ちした頃には、先輩の家に居候しているような状態だった。俺は毎晩優しい光に包まれていたのだ。」
「そんな、ひどい。キアーラ姉さんが可哀想だわ。」
「しかたがなかったのだ。キャラを今でも愛している。だがジョランダが妊娠した。もちろん俺の子だ。だから俺はジョランダと結婚する。」
 パオラの目から、とめどとなく涙が溢れ、その涙はピエタに戻っても枯れる事はなかった。