国営造船所(2)


(これもルナピンスキーのアップです)
 国営造船所は海のない国で育ったアンナを感動させるに、十分な規模と演出を誇っていた。さすがに海運国家ヴェネチアの屋台骨を支えてきた造船所だけの事はある。
 多くの人々が、それぞれの作業にとりかかっていた。船大工、帆織物、それに塗装業などに必要ないろいろな物が雑多に散乱していたが、人々はそれらを効率的に要領よく動きながら作業効率をあげていた。
 アンナは海運国家の伝統の奥深さを、ひしひしと感じていた。
 博識のガイド、パオラが説明してくれた。
「見てのとおり、ここがベネチアの心臓部よ。残念ながらピエタは心臓部ではないけどね。ピエタは腎臓部といった所かな。」
(パオ、まだ動揺しているみたい・・・)
「ここで造られる船はヴェネチア共和国だけでなく、他の国でも買われているのよ。それだけヴェネチアの船は素晴らしいという事よん。
 ゴンドラの造形と色を見たでしょう。貴婦人のドレスの鮮やかな色彩を演出する為の黒い船体。そして突き出た船首は貴婦人の前方を遮って横に向かせる為よ。その貴婦人の顔を、陸の男たちが歓声を上げながら鑑賞するのよ。そのままピエタの演奏会も鑑賞して欲しいけどね。」
(・・・やっぱり相当動揺しているみたいだわ。)
「ここで造る一番大きな船はムーダという定期船よ。これは荷物を多く積めるように設計されているの。トルコまで貿易で航行しているのよ。ジェノバの船が長年のライバルになっていたけど、この頃はイギリスやオランダの船がヴェネチアの脅威になっているらしいわ。
 ちなみに私の脅威はアンの観察眼かなあ。」
(・・・パオ、早く立ち直って・・・)
ヴェネチア海軍が強かったのはガレー船だからよ。ガレー船は、風がある時は帆で風を受けて進むの。風がない時は櫂を漕ぐの。まさに人海戦術よ。ヴェネチアの周りの海は、ラグーナという潟に守られているから、ガレー船は効果絶大なのよ。だってヴェネチアの海では、ラグーナを知り尽くしていた者しか櫂を漕いで進む事ができないから、当然敵国はラグーナを渡る事ができなかったのよ。
 私もアンのラグーナになりたいな。アンを変な敵から守ってあげる。なんなら今日から私の事をラグーナちゃんと呼んでくれてもいいわよ。」
(・・・これは・・・相当・・・重症・・・)
 動揺が治まりそうもないパオラなら、いっそうとどめを刺すべきかも!
「ねえパオ、さっきアントニオさんを見て逃げ出したけど、どうして?」
「で、でた〜!必殺アンの単刀直入。」
(図星ね完全に動揺しているわ。何かあるわね。)
「パオ、あの時確かに、キャラの恋人のアントニオさん、と言ったわよね。そして私たちは逃げた!・・・どうして?何かあったのね」
「アン〜、あなたには負けたわ。キャラがあなたをお気に入りになったのが、よ〜くわかったわよん。
 実は昨夜、キャラが私を部屋に誘ってくれたのよ。そしてこう言ったの。
 『ねえパオ、明日はお休みだから、アンをピエタから連れ出して、ヴェネチアの街を見学させてあげてくれない。お願い、よろしくね。』キャラからそう頼まれたのよ。」
 今日、アンが私からいろいろな話を聞けたらいい、と思ったのね。
 いいわ、私がどうしてアントニオさんを見て逃げてしまったのか、アンに話してあげる。」