ヴェネチアの青い空と海(2)


(天気が悪くてもお散歩は楽しいわ❤)
 聖マルコ広場に接した海岸は、たくさんのゴンドラという舟ががひしめきあって真っ黒だった。少し沖に目をやると、青いキャンパスに黒い小さな斑点が付いているようであり、さらに沖ではもっと青い海が広がっていた。無数の島々が淡い黒染みのように映っていた。
 アンナはこの海を渡って来たのに、こんな青い海を見たのは生れて初めてだった。
 今日はいい天気だ。青い空に海カモメが鳴きながら飛んでいる。波が微かに桟橋や岸辺にあたる音がする。それにゴンドラ同士の擦れ合う音が重なる。それらの音の合奏が、アンナの耳には楽しいハーモニーとなって心地よく響いた。
 昨夜キアーラが、ヴィヴァルディの作曲の秘密を話してくれたけど、アンナは目の前の青い空や海を見ていると、ヴィヴァルディの曲は練習を意識して創られただけではない、と感じた。彼の曲は目の前の風景のような豊かな自然描写によって彩られていたのだ。
 アンナの国や故郷には海がなかった。こうして海を見ていると、ヴィヴァルディの音階や和音から生れる旋律には、海のような明るくて原色に近い純粋な色調を感じた。
 それをアンナはパオラに言うと、彼女はベンチに腰掛けながら話した。
「私も同感よ。でもヴェネチアの人たちにとっての海は、もっと違うものよ。彼らは青い海に美しさを感じていないと思うわ。おそらく青い海のその奥に潜む残酷さを感じていると思うの。海はヴェネチアの人たちにとっては、他国との戦いの舞台であり、自然との闘いの舞台でもあるのよ。つまりこの海で多くの人が死んでいったのよ。」
 パオラは続けてピエタの話を始めた。アンナはパオラの傍らへ腰掛けた。
「アンがピエタの事をどれほど知っていたのかわからないけど、ピエタにはいろいろな人がいるのよ。ピエタ慈善院って本来は孤児院だけど、今では孤児でもないのに、音楽をしにくる貴族のお嬢さんもいるの。
ピエタは貴族の隠し子の隠れ家になっている』との噂があるくらいなの。」
 アンナは動揺していた。
「昨夜、キャラがアンに言ったよね。『アンはヴァイ オリンが結構弾けるでしょう。』って。
 その時、私もピンときたんだ。アンも、実はそんなお嬢さんのひとりなんだ、って。
 でも、そんな事はどうでもいいの。私はアンの事が大好きよ。ここへ来た理由がどうであれ、私もキャラも、いつでもアンの味方だからね。それだけは信じてね。」
 アンナはパオラの言葉がとても嬉しく感じた。だが、心のどこかで、なぜそこまで私を信用できるの?という警戒もあった。それでもアンナはパオラを信じてみたかった。
 パオラは続けて自分とキアーラとの関係や、キアーラの恋人の話を始めた。