ヴェネチアの青い空と海(1)


(やっぱりお散歩は楽しいぞ)
「アン、今日はず〜と、あなたと一緒に歩き巡るわよ。私をアン専用の観光ガイドだと思ってよね。」
「ええ、私もパオとこうして歩いているのが嬉しいわ。」
「とにかくまずは、聖マルコ広場に向かってみましょう。
 ヴェネチアは、そんなに大きな街ではないの。それは、ここが海の上に造られた都市だからなの。だから移動するには、こうして歩くかゴンドラを使うしかないのよ。でも街中は、どこへでも歩いて行けるので今日は一日中、私たちは歩きま〜す。足のマメは当然覚悟しておくのよん。」
 アンナはパオラと歩くのが楽しかった。
「もうすぐ聖マルコ大聖堂よ。そこが唯一の大きな広場なので、道に迷ったら、まずこの広場を目指して来たらいいのよ。」
 聖マルコ広場に着くと、真っ先にアンナの目に映ったのは、見覚えのある鐘楼だった。あの時の不安な気持ちと今の解放された気分の違いが、目の前の鐘楼の、夜の姿と太陽のもとでそびえる今の姿の違いとが重なって妙な気分になった。
「アン、どうしたの?
 目の前に見えるのが聖マルコ大聖堂で〜す。その隣の高い塔が鐘楼よ。もうすぐ時を告げる鐘が鳴り響くわ。それにこの鐘楼は、夜には明かりが灯されて灯台の役目も果たしているのよん。とっても優れもんでしょ。」
 パオラは話しながら、アンナを伴って海の方へ歩いた。
 広場は人でいっぱいだった。しかもたくさんの国の人々が集まっている事は、その多様な服装ですぐに理解できた。その中でも、頭に布を巻きつけたような帽子を被って、ダブダブの部屋着のような姿で歩いている一行は、特に目立っていた。しかも、皆同じような髭面だった。
「アン、あの人たちはオスマン・トルコの人たちよ。ヴェネチアは海運国家だから、世界中からいろいろな人たちが集まってくるの。特にオスマン・トルコは大事な貿易相手なのよ。インドの珍しい物までトルコからヴェネチアへ入ってくるのよ。」
「ふ〜ん、そうなの。でもパオって、私が考えている事がすぐわかるのね。」
「何言ってるのよ、私がわかる訳ないじゃないの。アンの場合、顔に書いてあるのよ。
 『なんだ?あの変な格好をした一団は?しかも、あ の大きな包帯のようなグルグル巻きの奇妙な帽子は なんやねん?それにあの髭!顔に墨が付いているの かと思ったぞ。』
と、その顔に書かれていたのよん。」
 アンナはクスッと笑った。パオラは本当に楽しいお姉さまだ。アンナは今日一日、パオラの案内とおしゃべりのお付き合いに徹する覚悟を決めた。それはアンナにとって人生で初めての嬉しくて楽しい覚悟だった。