ヴィヴァルディ、ピエタに現れる(1)


(ルナ、炬燵から現れる)
      #
 1703年、キアーラがまだ10歳の時だった。
 その日、ガスパリーニ合唱長に伴われて、25歳の彼がピエタ慈善院ににやってきた。
 そしてピエタ合奏団は彼に歓迎の音楽を演奏した。曲はコレルリの合奏協奏曲だった。
 コレルリは当時ローマ教皇に仕えていた人気抜群の作曲家だった。中でも、合奏協奏曲は2つのヴァイオリンとチェロが密接にアンサンブルをしながら、他の弦楽合奏と音楽的に美しく調和しながら展開していく曲で、当時は多くの作曲家が、音楽の理想型として創作していた。その中でもコレルリの12の合奏協奏曲は別格の名曲で大変人気があった。ピエタ合奏団はその曲を、新しい合奏長の為に心を込めて演奏したのだった。
 演奏を最後まで黙って聴いていた新しい合奏長、アントニオ・ヴィヴァルディは、演奏が終わるとスッと立ちあがった、と同時に見ていた楽譜を投げ捨てた。
 そして一呼吸おいてから大声で叫んだ。
「なんだ、このヘタクソな合奏団は!
 まずヴァイオリンとチェロの独奏者たちだ。君たちの演奏技術は全くもってでたらめだ。君たちは楽譜を見て演奏するだけが精一杯で、君たち独奏の3人は音量も音程もバラバラで全然合っていない。しかも弦を美しく響かせる為の弓使いも全くなっていない。そして君たち『合奏の娘たち』は合奏なのに音程を合わせる耳すら持っていない。
 君たちは誰の為に演奏しているのだ?・・・神様か?・・・人間が感動できない音楽、練習すらできていない音楽を、どうして神様に享受して頂けるのだ?」
「まあまあ、ヴィヴァルディ君。そのくらいにしておきなさい。私は、このピエタ合奏団を、君がヴェネチアで一番素晴らしい合奏団にしてくれると期待しているよ。
 さあさあ皆さん。そんな悲しい顔をしないでください。一年後、いや半年後には、皆さんはこのピエタの『合奏の娘たち』で演奏している事を誇りに思うでしょう。」
 ガスパリーニ合唱長の言葉で、その場の雰囲気は最悪なものにはならなかった。