ヴェネチアの娘たち(6)


(私はどれでしょうか・・・ムン)
 休憩に入るとすぐに、キアーラが笑顔でアンナの所へやってきて話をした。
「アンナ、どうだった?いい曲でしょう。
 私はこの曲が大好きなの。だってとっても明るい曲調だし鳥の鳴く描写なんかとっても可愛くて楽しいの。とくに嵐の描写はドラマチックで素晴らしいわ。早くアンと一緒に弾けたらいいなあ。ねえ、今からあなたの事をアンと呼ばせてね。私はキアレッタと先生から呼ばれているの。でも私は自分の事をキアーラと呼んでいるわ。皆は、私をキャラと呼んでいるの。アンも私の事をキャラと呼んでね。」
「お〜いキャラ、【海の嵐】は、いつ始めるのかな?」
 向うから来たその声の持ち主は、アンナを見て、馴れ馴れしく話しかけてきた。
「あなたは新人のアンナだったわね。私はアントネッラよ。よろしく。何かわからない事があれば、どんな事でも相談してちょうだい。」
「今日はアンの歓迎練習だから、もう少し弦楽合奏の練習をするわ。だから管楽器はもう少し個人練習をしておくように、と皆に伝えておいてちょうだい。」
 キアーラからそう言われると、アントネッラは不貞腐れたように練習場から出ていった。
「アン、ここのピエタ合奏団は、昔はこんなに上手ではなかったのよ。でも25年前、プレーテ・ロッソがここへ来てから、ピエタ合奏団は飛躍的に上達したの。」
「プレーテ・ロッソ?」
「ああ、ヴィヴァルディ先生の事よ。髪の赤い司祭さんなので、皆がそう呼んでいるわ。もちろん親しみと尊敬を込めてだけどね。すごく面白い先生なのよ。」
「先生はそんなにも教え方が上手なの?それとも何か特別な練習方法があるの?」
「もちろんプレーテ・ロッソはヴァイオリンの達人で教え方も上手だわ。でもピエタ合奏団上達の秘密は、彼の教え方ではなく、彼の曲にあり、なのよ。」
「ヴィヴァルディ先生の曲に?」
「プレーテ・ロッソが初めてピエタ合奏団へきた時、私はまだ10歳だった。
 彼が私たちの合奏を聴き終わると、皆の前で楽譜を投げ捨てて、いきなり大声で怒鳴ったの。皆ビックリよ。だってピエタであんな野蛮な事をする人や大声を出す人なんて誰もいなかったから。それで彼はこう言ったのよ。
 『なんだ、このヘタクソな合奏団は!』って。とっても失礼でしょう。でもそう言われても仕方がないくらい私たちはヘタだったと思う。
 ああ、時間だわ。練習を始めなくちゃ。アン、よかったら今晩私の部屋へいらっしゃい。この続きを話してあげるわ。」