第1章 ヴェネチアの娘たち (1)


(もちろん、私も娘です。)

 第1章 ヴェネチアの娘たち

 6歳上の兄フランツを、アンヌは心から愛していた。アンヌには三人の兄と一人の姉がいた。その中で年齢が一番近いフランツに、アンヌは阿仁を慕う以上の感情を持っていた。
 アンヌが9歳の頃、上の兄が急逝した。その時もフランツはアンヌを大変気遣った。だがその後まもなくして、フランツは突然、旅に出るとアンヌに言い残して消えた。
 アンヌが15歳の時、その事件は起きた。
父レオポルトが突然に亡くなったのだ。フランツも当然ながら父の葬儀にかけつけた。
 その日の夜、アンヌは最愛の兄フランツを自室に呼んで、その秘密を打ち明けた。
「お兄さま、私見たんです。父が一週間前に三人の男たちに連れて行かれたのを。その者たちは、抵抗する父を無理やり馬車に乗せて連れて行ったのです。そして翌朝、変わり果てた姿となった父が、離れの館で発見されたのです。皆は自殺だと言っているけど、間違いなく父は何者かに殺されたのよ。お兄さま、私・・怖くて怖くて・・」
 フランツの形相がみるみるうちに変わっていった。そして両手で妹アンヌの肩をきつく掴んで激しく揺さ振りながら言った。
「いいかい、今の話は絶対に他の者に言うのではないぞ。それから・・・アンヌ!
 私はそれを見たお前の身が心配だ。これからは私を信じて、絶対に私の言うとおりにしておくれ。わかったねアンヌ。」
 アンヌは、兄の冷静な口調とは対照的な、怖いくらいの形相がショックで、しばらく言葉にならなかった。そんなアンナにフランツは、優しくも強い口調でたたみかけるように、
「私はとにかくただちに出かける。お前には至急手紙を書くから、絶対に私の言うとおりにするんだよ。いいかいわかったね。」
と言うと、慌てたように急いで部屋を出ていった。