ヴィヴァルディの生涯


(山田家最初のペットのピーちゃんでした)
 ヴィヴァルディは、音楽の父と言われたあのバッハやヘンデルと並んでバロック時代を代表する作曲家だそうだ。ちなみにバッハとヘンデルは1685年生まれで1678年生まれだ。バッハはドイツで生まれドイツで活躍した。ヘンデルはドイツで生まれイギリスで活躍し帰化した。一方ヴィヴァルディはイタリアで活躍したのだそうだ。といってもこの頃は今でいう、ドイツやイタリアという国はなく、もっと細かい国々に分かれていた。イタリアはローマやナポリジェノバボローニャ、ミラノ、トスカーナなどが独自の国を形成されていた。その中に水の都ヴェネチアがあった。そのヴェネチアで活躍したのがヴィヴァルディだった。ヴェネチアは優秀な音楽家が集まっていた。バロック音楽が好きな人なら耳にした事があろう名前、アルビノーニやヴェラチーニ、マルチェロなどの音楽家が活躍していた。いわばヴェネチア楽派と言われる。
 さてヴィヴァルディの人生はちょっと面白い。簡単な音楽歴だと、彼はヴェネチアの女子孤児院ピエタの中の合奏団を指導をしながら音楽活動を行った事になっているし、僧侶だったとも言われている。だがヴィヴァルディはピエタの合奏団を出て行ったり帰ってきたりを何度もしている。そしてこれはあまり知られていないのだが、たくさんのオペラを作っている。自分の作ったオペラを興行して生計を立てていた頃もあった。そんな中でアンナ・ジローという若いソプラノ歌手に出会う。そして彼女と一緒にヴェネチアを出て行くのであった。で、ヴィヴァルディは一人ウィーンの街で客死するのだった。
 山ちゃんは、そのヴィヴァルディの死に迫った小説になっているのだそうだ。
そうかあ、だったら主人公はアンナ・ジローだな!と山ちゃんに言うと違うと言う。誰だ?と聞くとまた次に話してやるだって。