ステージ上のピアニスト


(正装姿のライヴィッチ?)
 山ちゃんの席はなんとステージの上にあった。
山ちゃんは、今ここで独り言を言っている。
 そういえば最近こんなコンサートの光景は見られなくなったなあ。ホールの客席はもちろん満員だ。それにステージ上にピアノを囲むように(もちろん客席側は開いているが)椅子が並べてあっる。それも観客席だ。ステージ上の観客は目の前の演奏家を見る事ができるのだ。そんな光景だ。もちろん超売れっ子のピアニストでしかありえない。では最近なぜ、そんな光景を見なくなったか?おそらく、ホールの種類が多くなった事、つまり客数に合わせた大きさのホールを選べるし、現在の大きなホールは一般的に舞台後方にも客席を設けている。あとはギャラの高い演奏家は高い入場料でも客が入るという事だろう。
 さてリスト音楽院ホールのステージ上で見たシフの演奏は最高のクオリティーで素晴らしかった。プログラムはバッハの平均律クラーヴィア曲集第2巻全曲だ。(知らない人のために)この曲集は1曲がプレリュード(前奏曲)とフーガからなっておりそれが、全ての調でかかれている。よって24曲あるのだ。バッハはそれを第1巻と第2巻を創っており、第2巻の方がはるかに難しいといわれている。その全曲を間に2回の休憩をはさんで行ったのだ。山ちゃんはそのコンサートを目の前で見て聴いたのだった。シフの表情や汗など臨場感あふれるその演奏は素晴らしいものだった。観客席も異様な盛り上がりだった。現在でも脳裏に焼き付いている。
こうして山ちゃんは、幸せな気分でハンガリーからウィーンへ戻ったのだった。
 後日談であるが、山ちゃんがデトモルトに帰ってからピアノの学生にこのコンサートの話をすると、彼は興奮して「なんて幸運な奴だ!そのコンサートは西側へ亡命していたシフがハンガリー政府に認められてブダペストへ帰国して行われた記念すべきコンサートでチケットの入手も不可能だったはずだ」と言っていた。山ちゃんは本当に幸運だったのだ。