手品師、忽然と消える!


(さあ、どうやって消えるかだ・・・)
 手品師の存在と、そのちょっとした手品がデトモルトの日本人の間で大評判になっていたある時、その手品師はこう言った。「そんなに評判なら一度本格的な手品ショーをしましょう。ただし私はプロとして緊張感をもってしたいのでタダではしません。気持ち5マルク(当時約400円)でしましょう。」
 こうして手品ショーがある日本人の留学部屋で開かれた。参加者は10名ほどだった。手品は10種類のプログラムで行われた。小さなテーブルをはさんで目の前で行われたショーは、どれも素晴らしいものだった。とくに最後は手品と心理学を越えたものだとの解説で行われ、新しいカードケースを取り出して、選ばれた人が想定したカードだけ表になっているというフィナーレは圧巻だった。でも山ちゃんが一番感激したのは、その後の雑談からの余興だった。だって、手品師の基本として出来なければいけないと言ってみせてくれたのが、カードを全部テーブルに置いて、自由自在に上から何枚のカードでも片手でスーと取ったのだ。たとえば、それが9枚だろうと36枚だろうと彼は簡単に取ってしまった。凄すぎる!でも彼は「音楽家が曲を聞いて5線紙に書けるのと同じだよ。」と謙虚に言ったが、音楽家でもいろいろいるからえ・・・なんとなくみんな無言だったような気がする。少なくとも「そうかあ、そんな簡単な基礎なんだ!」と言った者は一人もいなかった。
 ある日その手品師は忽然と消えた。その後の噂によると、彼はお父さんの危篤の知らせで帰った事、帰りの空港でお父さんが持ち直したのでイタリアへ留学した事、その後、歌える和尚兼手品師として『アッコにおまかせ』に出ている事などを聞いた。
 昨日デトモルト時代の友人からメールを頂いた。彼のお経でご尊父様の葬儀を行ったそうだ。噂の出所は確かだったようだ。