デトモルトに手品師がやって来た。


(先代ムンは首輪抜けの天才だった。)
 ある日デトモルトに一人の日本人が現れた。年齢は20代後半だろうか、眼鏡と笑顔が印象的だった。彼は声楽で音大を受験するのだと言う。寮の部屋でお香を焚いてシタールインド音楽ラーガを聴いていた山ちゃんに興味を持った彼は、その晩山ちゃんの部屋に泊っていった。その時の彼の話で、親はお寺の和尚である事、イタリアへ留学しようと思ったがドイツにした事、ルーマニアへ手品留学していた事、その手品の腕はプロ級である事などがわかった。そしてその手品の腕がプロ級である事はすぐに実証された。
 翌朝ホールで彼を囲んで日本人5人で食事をしていた時だった。彼がコインをジャラジャラと片手に広げてみんなに見せて握った。そのままテーブルの中心でその握った拳をトントントンと叩くと、何とジャラジャラと音がしたと思ったら手にあるはずのコインはなく、テーブルの下のもう片方の手にコインは移っていた。そんなちょっとした手品は日常茶飯事目の前で、簡単に見せてくれた。だから彼はデトモルトですぐに人気者になった。
 ある日、山ちゃんがストリート・ミュージックをしている事に興味を持った彼は一緒にしたいと言って、下見に山ちゃんと同行した。隣町まで列車で移動したその帰りだった。彼は列車に乗り込むと、若くかわいいドイツ娘を見つけるとすぐにその娘の隣へ座ると、たどたどしいドイツ語で「デトモルトへ行きたいのだが遠いですか?」と話しかけそれからデトモルトまでの約30分ずっとその娘と話をしていたのだ。降りた時山ちゃんは「さすがですねえ!」と言ったら彼は「語学の勉強は若い娘と話をするのが一番!」だって。実際彼は瞬く間にドイツ語をマスターしていった。いろいろな意味で山ちゃんにとっては羨ましいかぎりであった。