第四幕第一場(7)

 オーケストラはオーボエソロから、弦楽合奏だけになりリズムを感じられない揺らぎのような音楽に変わった。その中でコントラバスの弦を指でつまんで強く弾く(はじく)ピチカート奏法が耳に残る。恐らく楽譜上の指示だろうが、あまりに強く弾くので弦が当たってバチバチ鳴っている。
 舞台に向かって右側、つまり上手側から赤ハリ先生が、肩に右腕を担がれながら千鳥足で現れた。左手にはワインの瓶が握られていた。赤ハリ先生の右腕を左肩に、そしてそして後首越しに先生の右手首をぐっと握りながら一緒に歩いているのはオロチだった。
 歩きにくそうな二人が舞台中央に進むと、赤ハリ先生は自分の手首を掴んでいたオロチの手を振り払った。そしてワインを瓶ごとグビッと一口飲み干すと、フラフラしながら観客席の方を向いた。ワインは赤なんだと、赤ハリ先生の口から零れた液体が真っ白なシャツを赤く染まっていた事でわかった。
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 オーケストラの曲調が変わった。悲しげなヴァイオリンのソロから始まった。
 赤ハリ先生の低くて渋い、それでいて張りのあるバリトンのアリアがソロのヴァイオリンに絡むように始まった。