3人娘と老マエストロ(1)


(お邪魔しま〜す。)
 翌日の昼休みに、いつもの3人娘たちが老マエストロの部屋を訪ねてきた。
「お邪魔しま〜す。は〜いストラド、元気だった?5年ぶりだよねえ。」
部屋に入ってくるなり、パオラがため口で言った。キアーラとアンナも入ってきた。老マエストロが彼女たちを自分の部屋に呼んだのだった。老マエストロには、彼女たちと屋外のテーブル席で歓談するほどの体力が残っていなかった。
 彼女たちもそれがよくわかっていた。だから陽気なパオラを先頭にしたのだった。
 だが老マエストロの気力は、まだまだ衰えてはいなかった。
「おいキャラよ、昨日ピエタで楽器を全部運んでおいてくれと言ったはずだぞ。」
「えっ、全部運びましたよ。ヴァイオリン2挺にヴィオラとチェロが1挺ずつありましたけど・・・それだけですよね?」
 その応答を聞いた老マエストロは、部屋の片隅に置かれたケースを指して言った。
「では、これは何だ?」
「えっ、これはただの旅行ケースかと。」
「バカもの、こんな薄い旅行ケースなんぞ、なんの役にも立たんわ。なあ、パオ。」
 他人事のように会話を聞いていたパオラに、老マエストロが話を振ってきた。パオラが驚いて話のケースに目をやって、さらに驚いた。
「これは・・・これって・・えっ本当に?」
「ああ、本当だ。持って帰るがいい。
 老マエストロがそう言うと、パオラの愛嬌のある大きな目が、みるみるうちに涙に占領された。そしてあっという間にその涙はこぼれて止まらなかった。
 この時点では、弦楽器のキアーラとアンナは事情を呑み込めていなかった。
 老マエストロは、この純情な管楽器娘をもう少し泣かせてみたくなった。
「パオ、これはわしが作った唯一のバッソンじゃ。お前さんの笑顔や楽しいおしゃべりを想いながら作ったのじゃ。お前さんがこれを吹きながら、いつまでもわしの事を想っていてくれれば、わしは満足じゃ。」
 パオラは鼻をすすりながら嗚咽した。そしてやっと声にならない声で話した。
「ストラド・・・ありがとう・・・わたし・・・わたし・・・ほんとうに・・・ゆめみたい・・・わたしもっと・・・もっとじょうずになるから・・・ほんとうに・・・ありがとう・・・ストラド。」
 キアーラは、パオラの呻くような声を聞きながら訳してやろうかとストラドを見たが、その必要はなさそうだった。しかしパオラがいつまでもこんな調子だと困るので横から口を挿んだ。
「はいはいパオ、感動したのはよくわかったから、後はピエタに戻ってから泣こうね。」