これが病院伝説だ(3)
その男、入院生活が嫌で嫌でたまらなかった。早朝散歩の時に敷地の外へ脱走す
ることも考えた。敷地周辺を囲ってあるフェンスは小学生でも乗り越えられるよう
な高さでしかない。そこが刑務所とは違うところだ。実際、過去に何人もの入院患
者が逃走している。逃走したからといっても犯罪者ではないので法的拘束力は病院
にない。脱走者の家族が受け入れるなら、そのまま脱走劇は円満に終了するのだろ
うが、元来家庭内が円満でないから入院しているのだ。当然入院患者は堀の外に平
和はない。
さてその男、軽率な脱走を戒めながらその機会を窺っていた。そしてその機会が
やって来た。外泊許可が出たのだ。外泊といっても、最寄りの駅までの送迎は病院
バスを利用し駅から自宅までの運賃しか病院側から貰えない。自宅から病院へ戻る
時は、余分な金品を持ち込もうとしていないか入念にボディ・チェックをされる。
その男は、自宅までの交通費を握りしめ病院を出た。もちろん向かった先は自宅
ではない。友人を頼って行方をくらましたのだ。友人がその男にとっていい友人か
否か個々では判断できない。
ある日、男は隣県都市の街中を歩いていた。そこへ突然乗用車がその男の隣へ横
付けされ中から2人の男が降りてきた。その1人の男に布袋を頭から被せられると
強引に車へ乗せられた。その男は車の中で抵抗して暴れると口にハンカチのような
布を宛がわれそのまま意識を失ってしまった。
その男が気付くとベッドの上へ寝かされていた。そこがどこかはすぐにわかった。
その部屋がピンク色だったからだ。男はそれで観念した。
俺はその話をしてくれたヤツが、実はその男本人だったのではないかと、今でも
思っている。あるいはヤツの現在の置かれた境遇から生み出された話なのかもしれ
ない。ヤツはずっと退院したがっているが、家族が受け入れてくれないと、ヤツは
言っていた。そして今では一生この病院で過ごすのだと観念していた。
*これはフィクション中の人物が生み出したフィクションです。